2009年04月01日

八月踊り唄保存会 関東交流に参加して

桐野 達江
 私たち上嘉鉄八月踊り唄保存会一行20名は、5月3日の夜「フェリーきかい」で出発、5月4日、鹿児島より空路東京へと向かいました。

 羽田空港には、東京上嘉鉄会の方々、親戚の方々が出迎えてくださり、ホテルに落ち着きました。その日は、親戚のところへ行く人、親戚とホテルで面会する人、同級生と雑談される人、街に出られる人と自由行動でした。

 5月5日、いよいよ東京上嘉鉄会との交流の日です。朝からそわそわして落ち着きません。誰、誰が見えるかな?

 念入りに化粧や身支度を済ませ、ロビーに集まってきては、

「早いから部屋で待っているように」

と諭されました。

 いよいよ案内の方が見えて会場の新橋淀橋会館へと向かいました。

 そこには、50人あまりの方々が待っておられました。何十年振りにお会いする先輩の方々、又かわいい子どもさんだった方々が、働き盛りのお父さん、お母さんになられている方々、家族全員で見えている方々、親御さんとそっくりですぐ分かる方、同級生の方、

 私は、誰々の子どもです。誰々の兄弟ですと名乗る方、こちらで結婚なさって、相手を紹介しながら、抱き合う人、握手する人。

 方言で「ハゲー元気デンナ」「何十年振りカヤー」「ウレー孫ナ」とか会場一杯に方言が広がり、お互いに元気でお会いできた事を喜びあいました。




 1時から交流会が始まり、歓迎準備委員会の生田一夫会長並びに、東京上嘉鉄会の福永永廣会長の挨拶に続き、喜界上嘉鉄八月踊り唄保存会幹事の生島常範さんの経過説明などの後、東京の皆さんのお心づくしの沢山のご馳走をいただきながら東京上嘉鉄会の歓迎の踊りが続き、いよいよ八月踊りです。

 先輩の方々から、お子さんまで会場一杯に二重、三重の輪になり、何曲も踊りました。初めての方にもすぐなれて、その満足そうなお顔、ほんとうに幸せそのものでした。

 その後六調、天草と時間の経つのも忘れました。手を引っ張り踊らせる必要もなく、座っているのがもったいない感じで、全員が踊りに酔っている樣でした。

 司会の原口恵美都さんが、
「閉会の時間が近づきました」というと、皆さんがもう時間なのと、まだまだ踊り足りない様子でした。

 又島でお会いしましょう。元気でチバリヨーとガッチリと握手を交わし東京上嘉鉄会の方々とお元気でまたお会いできますことを祈りつつ、会場をあとにしました。

 喜界と違い、何時間もかかってこなければならない東京で会を持ち準備をする事は大変なことだったと思います。役員の方々はもちろん、会員のみなさん本当にありがとうございました。

 私たち一同は、唯々感謝するばかりです。5月6日は東京見物、翌7日空路無事喜界島へ到着しました。


 会員20名が東京へ行けたのも、自分の健康はもちろん、ご家族の理解があってこそです。本当に感謝しております。

 幹事の生島さん、添乗員の原田さん、旅行に馴れないおばさん達の面倒本当にご苦労様でした。東京へ行った方々とお会いする度に「東京へ行って良かったね」が挨拶がわりになっています。いい思い出ができました。



平成12年7月 「上嘉鉄魂」 第26号 掲載


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2009年03月09日

八月踊り V




おぼこりどぅ やゆる    ありがとうさまでした

かほうしゃらどぅ やゆる  果報なことでした

おぼこらし ぐれや     ご恩のお礼は

きゃしがむどぅそ      どのようにしてお返ししましょう


・おぼこり=語源は大誇りだが方言では恩を蒙った謝意・ありがとうの意味がある。上嘉鉄方言では、ウフクリ・ウフクンデータ。ホーラシヤと同源。


・どぅ=上代語の助詞「ぞ」の音韻変化。特に一つのことを強調する時に用いられる。

・かほう=果報、仏教語の因果応報の略。

・息災=災害を消滅させること。上嘉鉄方言では、「カフウ」という。

・キャシ=如何にの略、イカ→イキャの「い」が脱落。大島方面の方言に多く見られる。

 意味

 鎮守の神様より有り難うございました。お陰様で悪霊邪霊を祓い、みんな幸せいっぱいです。そのご恩返しは、どうすればいいでしょうか。

 自分たちが、幸せに今日生きているのは、産土神のお陰であると心底信じていたようで古代人らしい素朴さを感じます。

                         西島 常吉


平成18年10月「上嘉鉄魂」第101号 掲載

  
ラベル:八月踊り
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2009年03月04日

八月踊り U

をぅどぅらだな うりば     踊らないで居れば

しまや やまなりゅり      集落は山になる

でわきゃ ふりたてぃてぃ    さあ我々奮い立って

をぅどぅてぃ とよも      踊って轟かそう

・やま=やまは国語の山の意味もあるが方言の山は荒れ放題になる、藪の意味もあり、ここでは荒れ放題、悪霊邪霊が我が物顔で横行して人民に災難不幸を与えると考えていた。

 この俗信は奄美独特ではない古代貴族の文献に間々見える。

・とよむ=上代語の響む(とよむ)辺りに響き渡る多くの人が大声をあげて騒ぐ。この語は韻文にのみで普通には使われていない。

 昔は使用していたと思われる。

・をぅどぅらだな=踊らないこと。ここでは豊年祭りをしなければの意味。だな=為(た)+否定の「な」〜〜〜しない意味。




 意味 

 神祭りをしなければ、ここではウンミをしなければ集落・また各人に不幸・災難・災害が起こる。(昔の人は病気・死亡などの原因は悪霊邪霊の仕業であると考えたようだ)

 さあ我々全員喜び勇んで、太鼓を叩いて大声を張りあげて唄い踊って、悪霊邪霊を祓い、産土神を喜ばしお慰めして、神のお加護を受け、かつ、ご恩に感謝し報いましょう。


※ この歌詞で八月ウンミに対する当時の集落民の姿勢を伺うことができる。

 そのために昔は幼児から大人にいたるまで悔やみでない限り集落民全員がウンミには参加することが義務であると考え集落あげての大きな行事だ。
西島 常吉


平成18年10月 「上嘉鉄魂」 第101号 掲載



ラベル:西島 常吉
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八月踊り

 八月踊りのシーズンになりました。(10月9日、八月ウンミ)八月踊りの詩歌に次のような歌詞がある。

しまぬ いべがなし    集落の鎮守の神様

しままもてぃ たぼり   集落を守ってください

なぬか ななゆるや    七日七夜

ゆわてぃうえしろ     祝って上げましょう

・しま=国語の「島」の意味もあるが方言の「しま」はもっと幅が広く集落・郷里・出身地の意味がある。

・いべ=「威部」の字を当ててある。沖縄から移入された語であろう。沖縄の地名に散見された奄美では馴染みが薄い。

 意味は神・神の社。聖なるところ。聖所。鎮守の杜・神の宿るところの意味。いべかなしの替わりに「うぶすなかみ」とも唱えている地域もある。

 いべは国語の忌瓮(いんべ)と関係がある語かもと思われるが詳細は不詳。

・うぶすなかみ=上代語、国語の「うぶ」=生むと同源。産土神。生まれた土地の守り神。近世以降は氏神・鎮守の神と同意義(古語辞典)

・かなし=奄美方言の「かなし・がなし」は意味範囲が非常に広い。語源は上代語の愛し(かなし)赤子から最愛の妻・夫に対する愛称、神、王、太陽神などに対する敬称にも用いられる。

 意味集落の氏神様よ集落を守ってください。七日七夜祝ってあげましょう。

 この詩歌によって奄美の八月ウンミの目的がはっきりしている。単なる豊年祭祭りだけに限らず、集落全体の平和・安全・五穀豊穣・無病・息災を感謝・祈願する行事・古代人の心情が現れているように思われる。
                       西島 常吉


平成18年10月 「上嘉鉄魂」第101号 掲載 



ラベル:西島常吉
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2009年03月03日

八月踊り撮影終了・・・喜界町

 平成18年度〜19年度にかけて「きかい長寿、子宝推進事業」の一貫で島内全集落の八月踊りを記録保存していますが、上嘉鉄集落も昨年11月に収録が終了いたしました。

 事業の説明は区長会にて行われ、それを受けて昨年8月30日、上東公民館において事業の撮影班代表の北島公一さんを招いて3区長、青年団役員、ゆらおう会役員協議しました。

 北島氏は他集落での収録の現状や問題点、更には撮影する上での要望事項などを説明。後世に残す貴重な資料作成のための協力を要請しました。


 協議の結果、ゆらおう会を中心に撮影を行うことと、DVD完成後の販売も同会が担当することになりました。

 その翌週から毎週水曜日の晩を練習日と決め、約2ヶ月余り練習を積み、10月3日には、先ず歌の収録を行いました。

 3年前に百歳で他界した栄ヨシさんに90歳の頃教えていただいた「さっかちやま」もやっと復活することができ計15曲を収録しました。

 録音作業は10時半までたっぷり3時間、実際に目の前で輪になって踊ってもらいながらの録音でした。

 音声と映像を別々に収録しそれらを編集するらしくマイク、パソコン等の機材やコードの中での録音作業は、大変緊張したようでした。

 集落のウンミ等では先頭の打ち出し役が歌い踊り出すと、それにつれて手足を動かすというのが普通ですが、収録となると八月踊りの所作を3名1組で正確に記録するため最初から最後まで動作を揃える練習を繰り返しました。

 「これまで何気なく踊っていたが、改めて踊りを見直す機会となり、良い勉強になった」とある若手会員は話していました。


 11月7日 午後1時、上西公民館で撮影が始まりました。緊張のためか、何度か取り直しもありましたが、2時間かけて八月踊り収録が終了。

 その後六調、天草、サーサーは特別に生唄と生演奏で収録し映像のチェックを終え、4時間に及ぶ撮影が完了しました。

 引き続き午後6時から地区センターで収録完了祝いがあり、ゆらおう会の盛 すみ会長が「長い間よく頑張って練習しました!これからも、しっかり伝統を継承していきましょう」と会員をねぎらいました。

 DVD完成は今年夏頃で、島内全集落同時に発売開始となります。

生島 常範


平成20年2月「上嘉鉄魂」第117号 掲載

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2009年03月01日

はてぃとぅの(上嘉鉄)の八月踊り唄・・・かさーふー

 指導 ・・・上嘉鉄八月踊り唄保存会校長  高橋サダさん

【八 かさーふー】(共通歌詞)

しまや じゃーぬ しまむよ     集落(しま)はどこの集落も

かわるぎや ねーらぬ        変わりはないが

アイソレ かわるぎや ねーらぬ   アイソレ 変わりはないが

みどぅに わかさりぃてぃよ     水に分けられて

くとぅば くとぅば かわる     言葉変わる

アイソレ くとぅば くとぅば かわる 言葉変わる

「かさーふー」の意味は不詳だが、この曲は通称「たまち!」と言われている。「二回巻き」の意味で、その名の通り二回巻き→手拍子一回→一回巻きの繰り返しの踊り。

 本来の元唄となる歌詞は不明。保存会ではこの歌詞で練習している。これはよく歌われる歌詞で、小さな喜界島でも集落によって微妙に言葉が異なる。

 それは水が違うからと言う。そもそも集落は湧水地を中心に形成されてきたので納得できる。わずか1キロ離れた手久津久、先山とは方言も気性もやや異なる。


平成11年3月「上嘉鉄魂」第10号 掲載



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はてぃとぅの(上嘉鉄)の八月踊り唄・・・ちゅっさ くみあがり

 指導 ・・・上嘉鉄八月踊り唄保存会校長  高橋サダさん

【七 ちゅっさ  くみあがり】

いきよ たまくがねぃ      行きなさい。可愛い子よ。

いちでー とぅりなるみ     ずっといっしょにはいられない

あとぅさちどぅ なるり     前後こそなれ

あとぅや ちゅみち       最後は一緒になれるのだから

 この元唄の歌詞は実にもの悲しい。不幸にして可愛い我が子に先立たれた母親が歌ったものと思われる。

 現在でも葬儀で遺体を見送るときは、「いきよー」とか「うもーりよー」(敬語)という。

(もちろん、道で立ち話をしたあと、別れる時にも「さようなら」の意味でいうのだが)人間誰でもいつかは死ぬ。

 ずっとそばにいたくともかなわぬこと。いつかはあの世で一緒になれるのだから、先に行って待っていなさい。と自分にも言い聞かせながらやるせない思いを歌っている。

 され、曲名の「1足踏み上がり」だが、この踊りは、その名の通り円の内側を向いて大きく足を踏み込む動作が特徴。

 こうした踊りの特徴を曲名にしたものと思われる。ゆっくりとしたテンポで優雅に踊るとても味わい深い曲の一つである。


平成11年2月 「上嘉鉄魂」第9号 掲載



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2009年01月18日

これからの八月踊り唄保存会の活動について

      上嘉鉄八月踊り唄保存会 世話役 生島 常範
 
 皆さん、新年明けましておめでとうございます。旧年中は当会へのご支援ありがとうございました。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 当会も平成5年4月に発足以来、早9年になろうとしております。月1回練習を目標に冬場の農繁期も細々続けて参りましたが、固いこと考えずに「楽しくやろう」という気楽な気分が長続きの理由だったかもしれません。

 そんな中、昨年末は3区長さんをはじめ、老友会婦人会、壮年団、青年団役員の方々もご案内し楽しく忘年会を開くことができました。

 「集落のウンミも3区長さんを中心に各組織、隣近所誘い合ってハネィクに行き、気軽に踊りの輪に入りましょう」と呼びかけるためでした。

 これまでの保存会は余りにも「同好会的」過ぎたのではないか?という反省もあります。

 というのも練習にくるひとり一人にとって「八月踊り」への思いは異なります。

 歌うのが好きな人、歌詞の意味を理解したい人、歌よりも踊りが好きな人、みんなと会うのが好きな人、太鼓が好きな人、見るのが好きな人などなど・・・・。

 本来ウンミは集落行事なので若くて多忙な青年団だけに任せるのではなく集落代表、各組織役員が中心となって呼びかけ、集落民総出で盛り上げていくのが理想だと思います。

 日頃保存会で練習している私たちもその中で成果を存分に披露できる努力すべく、今後は「頑張る保存会」にならなくてはと思っております。

 今年5月には関西上嘉鉄親和会の皆さんに会いに行きます。我々が忘れかけていた何かに気づかせてくれる感動の旅になることでしょう。

 今後ともご指導賜りますようお願い申し上げます。





 
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2009年01月11日

喜界島上嘉鉄の八月踊り唄 6【あらへいよ】

(アラヘイヨ)ひがぬ みぬ すてぃとぅ 
   (東の嶺の蘇鉄は)

(ハレ)いし だちゅてぃ ふでーそ
   (石を抱いて大きくなる)

(ヤークリマタ)ふでーそ たまくがねぃ(ハレ)
   (育てよう玉黄金(子ども)) 

だちゅてぃ ふでーそ(アラヘイヨー)
   (抱いて大きく育てよう)

<返し>
   (アラヘイヨ)ふでーそ
     <返し>育てよう


       たまくがねぃ(ハレ)
        (玉黄金)
        
       だちゅてぃ ふでーそ(アラヘイヨー)

 曲名の「アラヘイヨ」はハヤシ、かけ声。この元唄は子育てのあるべき姿を歌っており「石を抱いた蘇鉄が大きくしっかり育つように、子どもも親が愛情を育てよう」

 とスキップの大切さを強調している。正に、現代にも通じる子育て論ではないだろうか。

 多忙な現代社会、スキンシップをお忘れなくと「うやふじんちゃ」(ご先祖)の声が聞こえてきそうだ。

 ちなみに大島ではこの微笑ましい歌詞は、旧時の支配者に対する憎しみを皮肉タップリに歌っています。

うしく がじまるや    ウシク(宇宿)ガジマルは

いしだちどぅ ほでる   石を抱いて大きくなる

やまと いちょぎりゃや  大和のイチョリギリャは

しまだち ほでる     島を抱いて大きくなる

うしく がじまるや    ウシク ガジマルは

いしだちど ほでる    岩を抱いて太る

しまだちゅて ほでる   島を抱いて太るのは

ゆひと ゆこぅめ     与人と横目(薩摩藩時代の地方役人)

   ★ 恵原義盛編「八月おどり歌詞選集」より

 指導・・上嘉鉄八月踊り唄保存会校長  高橋サダ


     平成11年1月「上嘉鉄魂」第8号 掲載




  
  
 
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2009年01月07日

上嘉鉄の八月踊り唄5【あかく あかんもーらー】

 @あかく あかんもーらー ゆちふらぬ
  
  はぐちよ (ハレ) ちゃんめーばー

  とぅらに ゆわさすみてぃ

 Aちやめんばー とぅらに わたやます

  しらぬよ (ハレ)わうや ふりむぬや

  いさば たぬでぃ

 Bいさ たぬむいらぬ ゆた たぬむ

  いらぬよ (ハレ)わうや ふりむぬや

  ゆわさすみてぃ

 元唄が三節あるこの曲は大島本島でも「あがんもら」として盛んに踊られており、歌詞も同じである。比較の為以下記してみる。

                 【 訳 】 

 @あがんもら あごくわや  東の村の 姉っこは
  
  ゆきむらぬ はぐき    雪のような歯並びの女

  きやんめに なれば    気病(病気)になれば

  ゆばし ちゅみち     呼ばして 命を共に

 Aきやんめに なとぅて   気患いになって

  ゆりこぅるで をぅれば  寝ころんでいたら

  あんま ふれむんや    お母さんの 馬鹿は

  ユタば ともし      ユタを招いたりして

 Bユタも いりをらぬ    ユタは要りはせん

  いしゃも いりをらぬ   医者も要りはせん

  わぬが かなちゅうめ   私の彼氏を 一目

  みしてたぼれ       見せてください

 この曲が大島からの伝播とすれば、上嘉鉄で伝承の過程で、かなり難解になってしまった。

 冒頭の「あかく あかんもーらー」「とぅらに ゆわさすみてぃ」

 など唄者にも意味不詳である。

  参照 恵原 義盛「八月おどり歌詞選集」(昭和56年)


    平成10年11月「上嘉鉄魂」第7号 掲載
  
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上嘉鉄の八月踊り唄4 【とぅどぅるちー】

 とぅどぅるきーや むさに ハレ

 ふみがなし みしょーち ハレ

 ふしや けまがとぅてぃ ヤサシングルマーヌヨ

 むねぃや ハレ むねぃや すさぬ

 ウーネイヌワイワイ

 この歌詞はかなり難解である。先ず「とぅどぅるちー」が分からない。人名ではないかと言われている。

 歌詞の中では、「とぅどぅるー」となる。

 直訳は、「とぅどぅるきー(という人は)ホントに米のご飯を召し上がり、腰はひどく曲がって、胸も伸ばすことはできないでいる。」

 となり意味不詳だ。高橋校長の先生である栄ヨシさん(93歳)に尋ねてもよく分からないとのこと。

 この唄は上嘉鉄独特のものと言われていることから、元唄の歌詞にはなにか特別な意味があったはず。

 残念だが今後の課題としたい。ご存じの方がいらしたら是非ご教示願いたい。なお、奄美大島の一部に「シングルシ」のハヤシコトバを持つ歌があるという。

 また、この唄の最後のハヤシ「ウーネイヌワイワイ」は、「うねのように喜ばしいことが、次々とやってくる」ということらしい。

 ふざけて「クグリヌワイワイ」と歌って一座の笑いを買うのもよくある。「クグリ」とはフグリ、つまり男子の睾丸のことで古語である。

  指導・・・上嘉鉄八月踊り唄保存会校長 高橋サダさん

                (文責 生島)


平成10年10月「上嘉鉄魂」第6号 掲載
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2009年01月02日

上嘉鉄の八月踊り唄 V




 前回に引き続き元唄(14曲ある)を紹介します。

V 【いっそー てーらー むぬー】

 元唄は対になっています。まず上の句は、

 いっそー てーらー むぬーや たるからぬ

 はじゅみ(ダバンタ)すら うとぅじょーぬ

 いっそー はじゅみ(ウマレー イソレー)


 意味・・・「いっそー」(という踊りは)誰が始めたのだろうか。美しい乙女という女性が始めたんだよ。乙女さんは羽里の女性だと言われています。

 他集落では「いっそー」は「でっそー」(手習い)とも歌われていますが、「いっしょに」踊るおどり、つまり「八月踊り」の意味という説明もあります

 下の句では、羽里の美女を歌ってます。

 はだとぅ うとぅじょかなーや とぅくらぎぬ すらさ

 (ダバンタ)ふはりがねぃ うまりずらさ(ウマレー イソレー)

 意味・・羽里の乙女嬢さんは大変な美人で小春嬢も生まれながらの美人であった。乙女さんと小春の関係については不詳。羽里集落には乙女さんの石碑も建っている。

                   (文責 生島)



平成10年9月 「上嘉鉄魂」第5号 掲載

羽里の市山商店まえの泉の横に乙女嬢の碑が建っていました。

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ラベル:八月踊り唄
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2008年12月29日

上嘉鉄の八月踊り唄

 前回に続き元唄(14曲ある)を紹介します。

2 【ヤングラサー】
 元唄は対になっている。まず上の句は、

 はちがとぅや なるり、

 きりむぬーや ねーらぬ(ハレ)

 うとぅじゃかたばねぃーや

 からちたぼーり(ヤイグラサ、ヤイグラサヌ ヤーレコーレ)

 八月になるというのに、(踊りのための)着物は無い。
「お姉さん貸してください」

 続いて下の句は、

  うとぅじゃかたばねぃーや

  からしぶしゃ あしゅが(ハレ)

  わぬむ いちめーなてぃ

  からしならぬ(ヤイグラサ、ヤイグラサヌ ヤーレンコーレ)

「(姉の私も)貸してあげたいのだけれど、私も一枚しかないので貸すことができません」と唄っています。

 貧しかった昔の姉妹の会話が歌になっています。

   指導:上嘉鉄八月踊り唄保存会  校長 高橋 サダさん

             (文責 生島)



平成10年7月31日(金)「上嘉鉄魂」第4号

★喜界島の関連ページです。見てください。★

    ■ウモーリよ!「結い」の島・喜界島へ■

       http://umooriyokikaijima.seesaa.net/
ラベル:八月踊り唄
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2008年12月26日

八月踊り唄保存会の皆様へ  秋田 園(東京都)

 先日は本当にご苦労様でございました。

 遠路わざわざ東京までお越しくださいまして懐かしい島唄や踊りを精一杯ご披露いただきましたことを厚く感謝申し上げます。

 短い時間ではありましたが、皆様の熱気溢れる唄や踊りの盛り上がりが私どもの心にいつまでも焼き付いて離れません。

 また、懐かしい百合の花やグラジオラスの香りと共にひとり一人のお顔が次ぎ次と浮かんできて心に深く感動を呼び起こしております。

 特に、高橋サダ小母さんが、高齢とは思えない若々しさで唄や踊りを一生懸命なさっているお姿は私どもに生きる目標と力を与えてくださいました。深く感謝申し上げます。

 昔、金久で聞いた汐鳴りにこだました太鼓の素晴らしい響きと流れるような歌声をこの東京で身近に聞くことができた喜びは人々の胸を打ち、明日への希望を呼び起こしてくれました。

 島の風土で生まれたかけがえのない素晴らしい伝統文化を祖先から受け継ぎ、また子どもたちへ是非伝えていただきたいと思います。

 本土で生活している私どもも大変勇気づけられました。もっともっとたくさんの人たちに見てもらいたいと思いました。

 申し遅れましたが、皆様のお心に添えるようなおもてなしも出来ず、行き届かなかったことを心からお詫び申し上げます。

 保存会の皆様、今後ともどうぞお元気で島の発展の為頑張ってくださることをお祈りし、またお会いして楽しく踊れる日がありますことを願ってお礼の言葉に替えさせていただきます。

 追伸

 皆様の素晴らしい踊りに引き比べ私の下手なフラダンスをお見せしたこと、大変恥ずかしい思いをしております。

 私がフラダンスを好きになったのは、幼い頃、海で泳いだ懐かしい感覚がフラダンスを通して思い出されるからです。

 下手ながらも、サダ小母さんに見習ってこれからも精進したいと思います。皆様の素晴らしい笑顔とバイタリティを思い出しつつ・・・・

               平成12年5月10日



平成12年6月 「上嘉鉄魂」第25号 掲載
ラベル:八月踊り
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はてぃとぅ(上嘉鉄)の八月踊り唄

★ はてぃとぅ(上嘉鉄)の八月踊り歌

                   指導:上嘉鉄八月踊り唄保存会校長 高橋サダさん


 今回より上嘉鉄の八月踊り唄の歌詞を一節ずつご紹介します。歌詞の意味が分かると意外とおもしろいですよ。
ご指導は「上嘉鉄八月踊り唄保存会」の校長先生、高橋サダさん(大正4年生)です。


 歌詞を紹介する前に、上嘉鉄の八月踊り唄の特徴をご紹介します。

1 現在踊られている唄は全部で14曲です。

2 最初に「やっけなほめやべー」を、最後に「あわゆりゆり」を踊ります。

3 それぞれの歌には元唄の歌詞があり、それを最初に歌ったあとに共通歌詞を歌います。

4 歌詞の内容はほとんどが大島からの伝播です。喜界島の中でも歌詞は共通していても集落によっては節回しと踊りが驚く程違うこともあります。

 まず、14曲の元唄をご紹介します。

 【やっけなほめやべー】

● やっけな ほめやべーや はるやまじ

  とぅまてぃ わーうや ふりむぬや

  とぅめーいぃんにゃ うもーち

(意味)

 「とんでもない子だホメヤベーという女は畑に寝泊まりして。私のやも親ばかで彼女を
  捜しにいきましたよ」

   昔は、「すーぬ  ふくらしゃーや いとぅゆりむ まさてぃ

      いとぅむ すーぬ ぐとぅに あらちたぼーり」

  
  (今日の喜びはいつもより勝っている。いつもこのようにあってほしいものです。)
 の歌詞から歌ったというが、最近はこのめでたい歌詞は共通歌詞として、歌われるようになった。
                    つづく


     平成10年6月   「上嘉鉄魂」 第3号 掲載
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2009年04月01日

八月踊り唄保存会 関東交流に参加して

桐野 達江
 私たち上嘉鉄八月踊り唄保存会一行20名は、5月3日の夜「フェリーきかい」で出発、5月4日、鹿児島より空路東京へと向かいました。

 羽田空港には、東京上嘉鉄会の方々、親戚の方々が出迎えてくださり、ホテルに落ち着きました。その日は、親戚のところへ行く人、親戚とホテルで面会する人、同級生と雑談される人、街に出られる人と自由行動でした。

 5月5日、いよいよ東京上嘉鉄会との交流の日です。朝からそわそわして落ち着きません。誰、誰が見えるかな?

 念入りに化粧や身支度を済ませ、ロビーに集まってきては、

「早いから部屋で待っているように」

と諭されました。

 いよいよ案内の方が見えて会場の新橋淀橋会館へと向かいました。

 そこには、50人あまりの方々が待っておられました。何十年振りにお会いする先輩の方々、又かわいい子どもさんだった方々が、働き盛りのお父さん、お母さんになられている方々、家族全員で見えている方々、親御さんとそっくりですぐ分かる方、同級生の方、

 私は、誰々の子どもです。誰々の兄弟ですと名乗る方、こちらで結婚なさって、相手を紹介しながら、抱き合う人、握手する人。

 方言で「ハゲー元気デンナ」「何十年振りカヤー」「ウレー孫ナ」とか会場一杯に方言が広がり、お互いに元気でお会いできた事を喜びあいました。




 1時から交流会が始まり、歓迎準備委員会の生田一夫会長並びに、東京上嘉鉄会の福永永廣会長の挨拶に続き、喜界上嘉鉄八月踊り唄保存会幹事の生島常範さんの経過説明などの後、東京の皆さんのお心づくしの沢山のご馳走をいただきながら東京上嘉鉄会の歓迎の踊りが続き、いよいよ八月踊りです。

 先輩の方々から、お子さんまで会場一杯に二重、三重の輪になり、何曲も踊りました。初めての方にもすぐなれて、その満足そうなお顔、ほんとうに幸せそのものでした。

 その後六調、天草と時間の経つのも忘れました。手を引っ張り踊らせる必要もなく、座っているのがもったいない感じで、全員が踊りに酔っている樣でした。

 司会の原口恵美都さんが、
「閉会の時間が近づきました」というと、皆さんがもう時間なのと、まだまだ踊り足りない様子でした。

 又島でお会いしましょう。元気でチバリヨーとガッチリと握手を交わし東京上嘉鉄会の方々とお元気でまたお会いできますことを祈りつつ、会場をあとにしました。

 喜界と違い、何時間もかかってこなければならない東京で会を持ち準備をする事は大変なことだったと思います。役員の方々はもちろん、会員のみなさん本当にありがとうございました。

 私たち一同は、唯々感謝するばかりです。5月6日は東京見物、翌7日空路無事喜界島へ到着しました。


 会員20名が東京へ行けたのも、自分の健康はもちろん、ご家族の理解があってこそです。本当に感謝しております。

 幹事の生島さん、添乗員の原田さん、旅行に馴れないおばさん達の面倒本当にご苦労様でした。東京へ行った方々とお会いする度に「東京へ行って良かったね」が挨拶がわりになっています。いい思い出ができました。



平成12年7月 「上嘉鉄魂」 第26号 掲載


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2009年03月09日

八月踊り V




おぼこりどぅ やゆる    ありがとうさまでした

かほうしゃらどぅ やゆる  果報なことでした

おぼこらし ぐれや     ご恩のお礼は

きゃしがむどぅそ      どのようにしてお返ししましょう


・おぼこり=語源は大誇りだが方言では恩を蒙った謝意・ありがとうの意味がある。上嘉鉄方言では、ウフクリ・ウフクンデータ。ホーラシヤと同源。


・どぅ=上代語の助詞「ぞ」の音韻変化。特に一つのことを強調する時に用いられる。

・かほう=果報、仏教語の因果応報の略。

・息災=災害を消滅させること。上嘉鉄方言では、「カフウ」という。

・キャシ=如何にの略、イカ→イキャの「い」が脱落。大島方面の方言に多く見られる。

 意味

 鎮守の神様より有り難うございました。お陰様で悪霊邪霊を祓い、みんな幸せいっぱいです。そのご恩返しは、どうすればいいでしょうか。

 自分たちが、幸せに今日生きているのは、産土神のお陰であると心底信じていたようで古代人らしい素朴さを感じます。

                         西島 常吉


平成18年10月「上嘉鉄魂」第101号 掲載

  
ラベル:八月踊り
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2009年03月04日

八月踊り U

をぅどぅらだな うりば     踊らないで居れば

しまや やまなりゅり      集落は山になる

でわきゃ ふりたてぃてぃ    さあ我々奮い立って

をぅどぅてぃ とよも      踊って轟かそう

・やま=やまは国語の山の意味もあるが方言の山は荒れ放題になる、藪の意味もあり、ここでは荒れ放題、悪霊邪霊が我が物顔で横行して人民に災難不幸を与えると考えていた。

 この俗信は奄美独特ではない古代貴族の文献に間々見える。

・とよむ=上代語の響む(とよむ)辺りに響き渡る多くの人が大声をあげて騒ぐ。この語は韻文にのみで普通には使われていない。

 昔は使用していたと思われる。

・をぅどぅらだな=踊らないこと。ここでは豊年祭りをしなければの意味。だな=為(た)+否定の「な」〜〜〜しない意味。




 意味 

 神祭りをしなければ、ここではウンミをしなければ集落・また各人に不幸・災難・災害が起こる。(昔の人は病気・死亡などの原因は悪霊邪霊の仕業であると考えたようだ)

 さあ我々全員喜び勇んで、太鼓を叩いて大声を張りあげて唄い踊って、悪霊邪霊を祓い、産土神を喜ばしお慰めして、神のお加護を受け、かつ、ご恩に感謝し報いましょう。


※ この歌詞で八月ウンミに対する当時の集落民の姿勢を伺うことができる。

 そのために昔は幼児から大人にいたるまで悔やみでない限り集落民全員がウンミには参加することが義務であると考え集落あげての大きな行事だ。
西島 常吉


平成18年10月 「上嘉鉄魂」 第101号 掲載



ラベル:西島 常吉
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八月踊り

 八月踊りのシーズンになりました。(10月9日、八月ウンミ)八月踊りの詩歌に次のような歌詞がある。

しまぬ いべがなし    集落の鎮守の神様

しままもてぃ たぼり   集落を守ってください

なぬか ななゆるや    七日七夜

ゆわてぃうえしろ     祝って上げましょう

・しま=国語の「島」の意味もあるが方言の「しま」はもっと幅が広く集落・郷里・出身地の意味がある。

・いべ=「威部」の字を当ててある。沖縄から移入された語であろう。沖縄の地名に散見された奄美では馴染みが薄い。

 意味は神・神の社。聖なるところ。聖所。鎮守の杜・神の宿るところの意味。いべかなしの替わりに「うぶすなかみ」とも唱えている地域もある。

 いべは国語の忌瓮(いんべ)と関係がある語かもと思われるが詳細は不詳。

・うぶすなかみ=上代語、国語の「うぶ」=生むと同源。産土神。生まれた土地の守り神。近世以降は氏神・鎮守の神と同意義(古語辞典)

・かなし=奄美方言の「かなし・がなし」は意味範囲が非常に広い。語源は上代語の愛し(かなし)赤子から最愛の妻・夫に対する愛称、神、王、太陽神などに対する敬称にも用いられる。

 意味集落の氏神様よ集落を守ってください。七日七夜祝ってあげましょう。

 この詩歌によって奄美の八月ウンミの目的がはっきりしている。単なる豊年祭祭りだけに限らず、集落全体の平和・安全・五穀豊穣・無病・息災を感謝・祈願する行事・古代人の心情が現れているように思われる。
                       西島 常吉


平成18年10月 「上嘉鉄魂」第101号 掲載 



ラベル:西島常吉
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2009年03月03日

八月踊り撮影終了・・・喜界町

 平成18年度〜19年度にかけて「きかい長寿、子宝推進事業」の一貫で島内全集落の八月踊りを記録保存していますが、上嘉鉄集落も昨年11月に収録が終了いたしました。

 事業の説明は区長会にて行われ、それを受けて昨年8月30日、上東公民館において事業の撮影班代表の北島公一さんを招いて3区長、青年団役員、ゆらおう会役員協議しました。

 北島氏は他集落での収録の現状や問題点、更には撮影する上での要望事項などを説明。後世に残す貴重な資料作成のための協力を要請しました。


 協議の結果、ゆらおう会を中心に撮影を行うことと、DVD完成後の販売も同会が担当することになりました。

 その翌週から毎週水曜日の晩を練習日と決め、約2ヶ月余り練習を積み、10月3日には、先ず歌の収録を行いました。

 3年前に百歳で他界した栄ヨシさんに90歳の頃教えていただいた「さっかちやま」もやっと復活することができ計15曲を収録しました。

 録音作業は10時半までたっぷり3時間、実際に目の前で輪になって踊ってもらいながらの録音でした。

 音声と映像を別々に収録しそれらを編集するらしくマイク、パソコン等の機材やコードの中での録音作業は、大変緊張したようでした。

 集落のウンミ等では先頭の打ち出し役が歌い踊り出すと、それにつれて手足を動かすというのが普通ですが、収録となると八月踊りの所作を3名1組で正確に記録するため最初から最後まで動作を揃える練習を繰り返しました。

 「これまで何気なく踊っていたが、改めて踊りを見直す機会となり、良い勉強になった」とある若手会員は話していました。


 11月7日 午後1時、上西公民館で撮影が始まりました。緊張のためか、何度か取り直しもありましたが、2時間かけて八月踊り収録が終了。

 その後六調、天草、サーサーは特別に生唄と生演奏で収録し映像のチェックを終え、4時間に及ぶ撮影が完了しました。

 引き続き午後6時から地区センターで収録完了祝いがあり、ゆらおう会の盛 すみ会長が「長い間よく頑張って練習しました!これからも、しっかり伝統を継承していきましょう」と会員をねぎらいました。

 DVD完成は今年夏頃で、島内全集落同時に発売開始となります。

生島 常範


平成20年2月「上嘉鉄魂」第117号 掲載

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2009年03月01日

はてぃとぅの(上嘉鉄)の八月踊り唄・・・かさーふー

 指導 ・・・上嘉鉄八月踊り唄保存会校長  高橋サダさん

【八 かさーふー】(共通歌詞)

しまや じゃーぬ しまむよ     集落(しま)はどこの集落も

かわるぎや ねーらぬ        変わりはないが

アイソレ かわるぎや ねーらぬ   アイソレ 変わりはないが

みどぅに わかさりぃてぃよ     水に分けられて

くとぅば くとぅば かわる     言葉変わる

アイソレ くとぅば くとぅば かわる 言葉変わる

「かさーふー」の意味は不詳だが、この曲は通称「たまち!」と言われている。「二回巻き」の意味で、その名の通り二回巻き→手拍子一回→一回巻きの繰り返しの踊り。

 本来の元唄となる歌詞は不明。保存会ではこの歌詞で練習している。これはよく歌われる歌詞で、小さな喜界島でも集落によって微妙に言葉が異なる。

 それは水が違うからと言う。そもそも集落は湧水地を中心に形成されてきたので納得できる。わずか1キロ離れた手久津久、先山とは方言も気性もやや異なる。


平成11年3月「上嘉鉄魂」第10号 掲載



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はてぃとぅの(上嘉鉄)の八月踊り唄・・・ちゅっさ くみあがり

 指導 ・・・上嘉鉄八月踊り唄保存会校長  高橋サダさん

【七 ちゅっさ  くみあがり】

いきよ たまくがねぃ      行きなさい。可愛い子よ。

いちでー とぅりなるみ     ずっといっしょにはいられない

あとぅさちどぅ なるり     前後こそなれ

あとぅや ちゅみち       最後は一緒になれるのだから

 この元唄の歌詞は実にもの悲しい。不幸にして可愛い我が子に先立たれた母親が歌ったものと思われる。

 現在でも葬儀で遺体を見送るときは、「いきよー」とか「うもーりよー」(敬語)という。

(もちろん、道で立ち話をしたあと、別れる時にも「さようなら」の意味でいうのだが)人間誰でもいつかは死ぬ。

 ずっとそばにいたくともかなわぬこと。いつかはあの世で一緒になれるのだから、先に行って待っていなさい。と自分にも言い聞かせながらやるせない思いを歌っている。

 され、曲名の「1足踏み上がり」だが、この踊りは、その名の通り円の内側を向いて大きく足を踏み込む動作が特徴。

 こうした踊りの特徴を曲名にしたものと思われる。ゆっくりとしたテンポで優雅に踊るとても味わい深い曲の一つである。


平成11年2月 「上嘉鉄魂」第9号 掲載



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2009年01月18日

これからの八月踊り唄保存会の活動について

      上嘉鉄八月踊り唄保存会 世話役 生島 常範
 
 皆さん、新年明けましておめでとうございます。旧年中は当会へのご支援ありがとうございました。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 当会も平成5年4月に発足以来、早9年になろうとしております。月1回練習を目標に冬場の農繁期も細々続けて参りましたが、固いこと考えずに「楽しくやろう」という気楽な気分が長続きの理由だったかもしれません。

 そんな中、昨年末は3区長さんをはじめ、老友会婦人会、壮年団、青年団役員の方々もご案内し楽しく忘年会を開くことができました。

 「集落のウンミも3区長さんを中心に各組織、隣近所誘い合ってハネィクに行き、気軽に踊りの輪に入りましょう」と呼びかけるためでした。

 これまでの保存会は余りにも「同好会的」過ぎたのではないか?という反省もあります。

 というのも練習にくるひとり一人にとって「八月踊り」への思いは異なります。

 歌うのが好きな人、歌詞の意味を理解したい人、歌よりも踊りが好きな人、みんなと会うのが好きな人、太鼓が好きな人、見るのが好きな人などなど・・・・。

 本来ウンミは集落行事なので若くて多忙な青年団だけに任せるのではなく集落代表、各組織役員が中心となって呼びかけ、集落民総出で盛り上げていくのが理想だと思います。

 日頃保存会で練習している私たちもその中で成果を存分に披露できる努力すべく、今後は「頑張る保存会」にならなくてはと思っております。

 今年5月には関西上嘉鉄親和会の皆さんに会いに行きます。我々が忘れかけていた何かに気づかせてくれる感動の旅になることでしょう。

 今後ともご指導賜りますようお願い申し上げます。





 
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2009年01月11日

喜界島上嘉鉄の八月踊り唄 6【あらへいよ】

(アラヘイヨ)ひがぬ みぬ すてぃとぅ 
   (東の嶺の蘇鉄は)

(ハレ)いし だちゅてぃ ふでーそ
   (石を抱いて大きくなる)

(ヤークリマタ)ふでーそ たまくがねぃ(ハレ)
   (育てよう玉黄金(子ども)) 

だちゅてぃ ふでーそ(アラヘイヨー)
   (抱いて大きく育てよう)

<返し>
   (アラヘイヨ)ふでーそ
     <返し>育てよう


       たまくがねぃ(ハレ)
        (玉黄金)
        
       だちゅてぃ ふでーそ(アラヘイヨー)

 曲名の「アラヘイヨ」はハヤシ、かけ声。この元唄は子育てのあるべき姿を歌っており「石を抱いた蘇鉄が大きくしっかり育つように、子どもも親が愛情を育てよう」

 とスキップの大切さを強調している。正に、現代にも通じる子育て論ではないだろうか。

 多忙な現代社会、スキンシップをお忘れなくと「うやふじんちゃ」(ご先祖)の声が聞こえてきそうだ。

 ちなみに大島ではこの微笑ましい歌詞は、旧時の支配者に対する憎しみを皮肉タップリに歌っています。

うしく がじまるや    ウシク(宇宿)ガジマルは

いしだちどぅ ほでる   石を抱いて大きくなる

やまと いちょぎりゃや  大和のイチョリギリャは

しまだち ほでる     島を抱いて大きくなる

うしく がじまるや    ウシク ガジマルは

いしだちど ほでる    岩を抱いて太る

しまだちゅて ほでる   島を抱いて太るのは

ゆひと ゆこぅめ     与人と横目(薩摩藩時代の地方役人)

   ★ 恵原義盛編「八月おどり歌詞選集」より

 指導・・上嘉鉄八月踊り唄保存会校長  高橋サダ


     平成11年1月「上嘉鉄魂」第8号 掲載




  
  
 
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2009年01月07日

上嘉鉄の八月踊り唄5【あかく あかんもーらー】

 @あかく あかんもーらー ゆちふらぬ
  
  はぐちよ (ハレ) ちゃんめーばー

  とぅらに ゆわさすみてぃ

 Aちやめんばー とぅらに わたやます

  しらぬよ (ハレ)わうや ふりむぬや

  いさば たぬでぃ

 Bいさ たぬむいらぬ ゆた たぬむ

  いらぬよ (ハレ)わうや ふりむぬや

  ゆわさすみてぃ

 元唄が三節あるこの曲は大島本島でも「あがんもら」として盛んに踊られており、歌詞も同じである。比較の為以下記してみる。

                 【 訳 】 

 @あがんもら あごくわや  東の村の 姉っこは
  
  ゆきむらぬ はぐき    雪のような歯並びの女

  きやんめに なれば    気病(病気)になれば

  ゆばし ちゅみち     呼ばして 命を共に

 Aきやんめに なとぅて   気患いになって

  ゆりこぅるで をぅれば  寝ころんでいたら

  あんま ふれむんや    お母さんの 馬鹿は

  ユタば ともし      ユタを招いたりして

 Bユタも いりをらぬ    ユタは要りはせん

  いしゃも いりをらぬ   医者も要りはせん

  わぬが かなちゅうめ   私の彼氏を 一目

  みしてたぼれ       見せてください

 この曲が大島からの伝播とすれば、上嘉鉄で伝承の過程で、かなり難解になってしまった。

 冒頭の「あかく あかんもーらー」「とぅらに ゆわさすみてぃ」

 など唄者にも意味不詳である。

  参照 恵原 義盛「八月おどり歌詞選集」(昭和56年)


    平成10年11月「上嘉鉄魂」第7号 掲載
  
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上嘉鉄の八月踊り唄4 【とぅどぅるちー】

 とぅどぅるきーや むさに ハレ

 ふみがなし みしょーち ハレ

 ふしや けまがとぅてぃ ヤサシングルマーヌヨ

 むねぃや ハレ むねぃや すさぬ

 ウーネイヌワイワイ

 この歌詞はかなり難解である。先ず「とぅどぅるちー」が分からない。人名ではないかと言われている。

 歌詞の中では、「とぅどぅるー」となる。

 直訳は、「とぅどぅるきー(という人は)ホントに米のご飯を召し上がり、腰はひどく曲がって、胸も伸ばすことはできないでいる。」

 となり意味不詳だ。高橋校長の先生である栄ヨシさん(93歳)に尋ねてもよく分からないとのこと。

 この唄は上嘉鉄独特のものと言われていることから、元唄の歌詞にはなにか特別な意味があったはず。

 残念だが今後の課題としたい。ご存じの方がいらしたら是非ご教示願いたい。なお、奄美大島の一部に「シングルシ」のハヤシコトバを持つ歌があるという。

 また、この唄の最後のハヤシ「ウーネイヌワイワイ」は、「うねのように喜ばしいことが、次々とやってくる」ということらしい。

 ふざけて「クグリヌワイワイ」と歌って一座の笑いを買うのもよくある。「クグリ」とはフグリ、つまり男子の睾丸のことで古語である。

  指導・・・上嘉鉄八月踊り唄保存会校長 高橋サダさん

                (文責 生島)


平成10年10月「上嘉鉄魂」第6号 掲載
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2009年01月02日

上嘉鉄の八月踊り唄 V




 前回に引き続き元唄(14曲ある)を紹介します。

V 【いっそー てーらー むぬー】

 元唄は対になっています。まず上の句は、

 いっそー てーらー むぬーや たるからぬ

 はじゅみ(ダバンタ)すら うとぅじょーぬ

 いっそー はじゅみ(ウマレー イソレー)


 意味・・・「いっそー」(という踊りは)誰が始めたのだろうか。美しい乙女という女性が始めたんだよ。乙女さんは羽里の女性だと言われています。

 他集落では「いっそー」は「でっそー」(手習い)とも歌われていますが、「いっしょに」踊るおどり、つまり「八月踊り」の意味という説明もあります

 下の句では、羽里の美女を歌ってます。

 はだとぅ うとぅじょかなーや とぅくらぎぬ すらさ

 (ダバンタ)ふはりがねぃ うまりずらさ(ウマレー イソレー)

 意味・・羽里の乙女嬢さんは大変な美人で小春嬢も生まれながらの美人であった。乙女さんと小春の関係については不詳。羽里集落には乙女さんの石碑も建っている。

                   (文責 生島)



平成10年9月 「上嘉鉄魂」第5号 掲載

羽里の市山商店まえの泉の横に乙女嬢の碑が建っていました。

otomejyou090104.JPG




 
        
ラベル:八月踊り唄
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2008年12月29日

上嘉鉄の八月踊り唄

 前回に続き元唄(14曲ある)を紹介します。

2 【ヤングラサー】
 元唄は対になっている。まず上の句は、

 はちがとぅや なるり、

 きりむぬーや ねーらぬ(ハレ)

 うとぅじゃかたばねぃーや

 からちたぼーり(ヤイグラサ、ヤイグラサヌ ヤーレコーレ)

 八月になるというのに、(踊りのための)着物は無い。
「お姉さん貸してください」

 続いて下の句は、

  うとぅじゃかたばねぃーや

  からしぶしゃ あしゅが(ハレ)

  わぬむ いちめーなてぃ

  からしならぬ(ヤイグラサ、ヤイグラサヌ ヤーレンコーレ)

「(姉の私も)貸してあげたいのだけれど、私も一枚しかないので貸すことができません」と唄っています。

 貧しかった昔の姉妹の会話が歌になっています。

   指導:上嘉鉄八月踊り唄保存会  校長 高橋 サダさん

             (文責 生島)



平成10年7月31日(金)「上嘉鉄魂」第4号

★喜界島の関連ページです。見てください。★

    ■ウモーリよ!「結い」の島・喜界島へ■

       http://umooriyokikaijima.seesaa.net/
ラベル:八月踊り唄
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2008年12月26日

八月踊り唄保存会の皆様へ  秋田 園(東京都)

 先日は本当にご苦労様でございました。

 遠路わざわざ東京までお越しくださいまして懐かしい島唄や踊りを精一杯ご披露いただきましたことを厚く感謝申し上げます。

 短い時間ではありましたが、皆様の熱気溢れる唄や踊りの盛り上がりが私どもの心にいつまでも焼き付いて離れません。

 また、懐かしい百合の花やグラジオラスの香りと共にひとり一人のお顔が次ぎ次と浮かんできて心に深く感動を呼び起こしております。

 特に、高橋サダ小母さんが、高齢とは思えない若々しさで唄や踊りを一生懸命なさっているお姿は私どもに生きる目標と力を与えてくださいました。深く感謝申し上げます。

 昔、金久で聞いた汐鳴りにこだました太鼓の素晴らしい響きと流れるような歌声をこの東京で身近に聞くことができた喜びは人々の胸を打ち、明日への希望を呼び起こしてくれました。

 島の風土で生まれたかけがえのない素晴らしい伝統文化を祖先から受け継ぎ、また子どもたちへ是非伝えていただきたいと思います。

 本土で生活している私どもも大変勇気づけられました。もっともっとたくさんの人たちに見てもらいたいと思いました。

 申し遅れましたが、皆様のお心に添えるようなおもてなしも出来ず、行き届かなかったことを心からお詫び申し上げます。

 保存会の皆様、今後ともどうぞお元気で島の発展の為頑張ってくださることをお祈りし、またお会いして楽しく踊れる日がありますことを願ってお礼の言葉に替えさせていただきます。

 追伸

 皆様の素晴らしい踊りに引き比べ私の下手なフラダンスをお見せしたこと、大変恥ずかしい思いをしております。

 私がフラダンスを好きになったのは、幼い頃、海で泳いだ懐かしい感覚がフラダンスを通して思い出されるからです。

 下手ながらも、サダ小母さんに見習ってこれからも精進したいと思います。皆様の素晴らしい笑顔とバイタリティを思い出しつつ・・・・

               平成12年5月10日



平成12年6月 「上嘉鉄魂」第25号 掲載
ラベル:八月踊り
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はてぃとぅ(上嘉鉄)の八月踊り唄

★ はてぃとぅ(上嘉鉄)の八月踊り歌

                   指導:上嘉鉄八月踊り唄保存会校長 高橋サダさん


 今回より上嘉鉄の八月踊り唄の歌詞を一節ずつご紹介します。歌詞の意味が分かると意外とおもしろいですよ。
ご指導は「上嘉鉄八月踊り唄保存会」の校長先生、高橋サダさん(大正4年生)です。


 歌詞を紹介する前に、上嘉鉄の八月踊り唄の特徴をご紹介します。

1 現在踊られている唄は全部で14曲です。

2 最初に「やっけなほめやべー」を、最後に「あわゆりゆり」を踊ります。

3 それぞれの歌には元唄の歌詞があり、それを最初に歌ったあとに共通歌詞を歌います。

4 歌詞の内容はほとんどが大島からの伝播です。喜界島の中でも歌詞は共通していても集落によっては節回しと踊りが驚く程違うこともあります。

 まず、14曲の元唄をご紹介します。

 【やっけなほめやべー】

● やっけな ほめやべーや はるやまじ

  とぅまてぃ わーうや ふりむぬや

  とぅめーいぃんにゃ うもーち

(意味)

 「とんでもない子だホメヤベーという女は畑に寝泊まりして。私のやも親ばかで彼女を
  捜しにいきましたよ」

   昔は、「すーぬ  ふくらしゃーや いとぅゆりむ まさてぃ

      いとぅむ すーぬ ぐとぅに あらちたぼーり」

  
  (今日の喜びはいつもより勝っている。いつもこのようにあってほしいものです。)
 の歌詞から歌ったというが、最近はこのめでたい歌詞は共通歌詞として、歌われるようになった。
                    つづく


     平成10年6月   「上嘉鉄魂」 第3号 掲載
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