2008年12月29日

喜界町上嘉鉄の行事(シチャミ)

記事を読まれる前にこちらもどうぞ!
★喜界島の関連ページです。見てください。★

    ■ウモーリよ!「結い」の島・喜界島へ■

       http://umooriyokikaijima.seesaa.net/




■ シチャミ=初浴の意味?

 喜界独特の言語・行事で最近は衰退してあまり見聞きしない。戦争中までは子どものいる家は、必ずやっていた。この行事は子どもの成長を祈願するための行事、

 旧暦8月最初の丁(ひのと)の日に、男女7歳以下までの子どもと8歳抜いて9歳の子どものいる家では新米でご飯を炊き(正しくは赤飯)握り飯を頭上におき、すすきの葉に清水を浸し、それで子どもに振りかけながら次のように称える。

 男子には、

 「ウフサ フデーリヨウ フデーテ ユカリッチュ ナリヨウ」

 女子には、
 
 「オードー フデーリヨウ フデーティ ユカリッチュ トゥジナティ カフウ ナリヨウ」
 

 と称える

 以上で儀式は終わる。

 この行事は平安朝の戴餅(いただきもち)の行事とよく似ている。平安朝のその行事は、公家の間で、正月1日〜3日間、幼児の前途を祝福し、寿詞(長命を祈願する言葉)を称えて幼児の頭上に餅を戴かせる儀式。

 原則として男児7歳、女子5歳までに行われた。(広辞苑による)

 上嘉鉄の場合すすきの葉を丸く束ね、泉の中から数個の小石を拾い、やかんに清水を組み入れ家に持ち帰る。

 途中の広場(ハニク)でお握りを食べる。持ち帰った小石はみかんの木の股に差し込んでやかんの清水をかけながら

「スクスク フデーリヨ  ウフサ ミー ナラシヨウ」

と称える。すすきは家の門口に置いて魔除けにする。

                (文責 西島)




        平成14年9月 「上嘉鉄魂」 第52号 掲載
 
posted by hathitu at 19:32| Comment(0) | 上嘉鉄の行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月28日

ルンガンドウ(六月堂)のこと

■ 名称

 ルンガンドウはその名称から判断して鹿児島本土からの伝来と考えられる。六月堂(ろっかつどうを方言にすればルンガンドウになります。)

 然し鹿児島本土の六月堂の内容と奄美のルンガンドウの内容とは異なっているが、両方とも(鹿児島も奄美も)神社の祭りであることは同じである。上嘉鉄では、保食神社と水神社の祭り。

■ 意識

 旧暦の六月は年によっては長雨になったり、反対に空梅雨になったりで農作物に被害を及ぼしたりする。

 また、悪疫が流行しがちであり、体調を崩しがちである。更に暑くなるにしたがい子どもの水遊びによる事故が出たりするので、悪霊排除、五穀豊穣、家内安全保護を氏神様に祈願する祭りであることは本土と変わらない。

■ 起源

 ルンガンドウの起源については、保食神社設立が起こりと考えられる。保食神社の設立は明治2年の廃仏毀釈(明治政府による神道国教化政策に基づいた仏教廃止運動)により仏像。仏寺が破壊され代わって各地に神社が設立された。

 喜界では明治3年湾に高千穂神社が設立されているので、その後、上嘉鉄の保食神社も設立された。

 昔の人はルンガンドウに参加しなければ縁起が悪いと言っていた。尚、江戸時代の奄美の文献にも他の民族行事についての記録はあるが、ルンガンドウについての記録は見あたらない。

                      (西島)


平成12年8月 「上嘉鉄魂」第27号 掲載 

★喜界島の関連ページです。見てください。★

    ■ウモーリよ!「結い」の島・喜界島へ■

       http://umooriyokikaijima.seesaa.net/
posted by hathitu at 07:11| Comment(0) | 上嘉鉄の行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月19日

上嘉鉄正月行事について

 上嘉鉄を含めて奄美ではほとんどの家庭が経済の著しい伸展と生活水準の高揚、生活様式の近代化、都市化になっています。

 それとともに私たちの先祖が考え、長年にわたり培われた貴重な行事本来の意味が失われたり、消滅したり、意味不明のままだけ残ったりしています。

 そこで、本稿では上嘉鉄の正月行事について2,3簡単に眺め祖先の真摯な姿を知るのも必要ではないかと考え、粗末ではあるが思い切って問題提起の意味で出してみました。

 皆様のご意見をお願いいたします。

 しめ縄、喜界島ではしめ縄のことを「オーバリ」といい、もとは本土からの移入だろうが本土のしめ縄とは形が全く違う。

■ しめ縄の「しめ」は方言の「シンミ」のことで「シンミ」とは「標  占有」を示すことです。

  田畑に作物を植えた後、その中心にすすきや蘇鉄の葉を立てて「悪 霊邪神 病害虫の進入防止の呪禁」と「豊作を祈願」する行事はいま でもある。

  オーバリという言葉は、正月用語で奄美に限らず薩南諸島全域にあ り、その意味は「大きく張り回らす」ことで、その縄から内は、その 家の年神様の斎場だから「悪霊邪神の進入を禁止」する神聖な場所と いう意味ではないかと思う。

■ お年玉について
  
  年神様は、毎年一回各家庭に来臨し、家族全員に年玉「年霊」(と しだま)を一つずつ授ける。その年霊には新鮮で強力な生命力がこも っていると考えられている。

  1年立って古くなった私たちの魂の中に、新たな年霊が加えられ  ると、若返って強くなると信じてすがすがしい清心で正月を迎えたで あろうと思う。

■ 若水について

  元日の日の出前に汲む水を若水という。その若水で洗顔、身を清  め、先祖の花生け、お茶を沸かし、食事をつくり、先祖にあげ、家族 も飲食する。

 元日の若水を使えば1年中病気をしないと信じていた。

               (文責 西島)


平成11年1月1日(金) 第8号「上嘉鉄魂」より掲載
 


 
posted by hathitu at 05:28| Comment(0) | 上嘉鉄の行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

■2008年12月■ ■2009年1月■2009年2月■
RSSへのリンク新着情報をお知らせします。RSSをお持ちの方はぜひご登録ください。
■関連サイト、ウモーリよ!「結い」の島・喜界島へもよろしく■
サイト内検索ご利用ください。気になる言葉を入力するとお探しの記事がヒットします。

2008年12月29日

喜界町上嘉鉄の行事(シチャミ)

記事を読まれる前にこちらもどうぞ!
★喜界島の関連ページです。見てください。★

    ■ウモーリよ!「結い」の島・喜界島へ■

       http://umooriyokikaijima.seesaa.net/




■ シチャミ=初浴の意味?

 喜界独特の言語・行事で最近は衰退してあまり見聞きしない。戦争中までは子どものいる家は、必ずやっていた。この行事は子どもの成長を祈願するための行事、

 旧暦8月最初の丁(ひのと)の日に、男女7歳以下までの子どもと8歳抜いて9歳の子どものいる家では新米でご飯を炊き(正しくは赤飯)握り飯を頭上におき、すすきの葉に清水を浸し、それで子どもに振りかけながら次のように称える。

 男子には、

 「ウフサ フデーリヨウ フデーテ ユカリッチュ ナリヨウ」

 女子には、
 
 「オードー フデーリヨウ フデーティ ユカリッチュ トゥジナティ カフウ ナリヨウ」
 

 と称える

 以上で儀式は終わる。

 この行事は平安朝の戴餅(いただきもち)の行事とよく似ている。平安朝のその行事は、公家の間で、正月1日〜3日間、幼児の前途を祝福し、寿詞(長命を祈願する言葉)を称えて幼児の頭上に餅を戴かせる儀式。

 原則として男児7歳、女子5歳までに行われた。(広辞苑による)

 上嘉鉄の場合すすきの葉を丸く束ね、泉の中から数個の小石を拾い、やかんに清水を組み入れ家に持ち帰る。

 途中の広場(ハニク)でお握りを食べる。持ち帰った小石はみかんの木の股に差し込んでやかんの清水をかけながら

「スクスク フデーリヨ  ウフサ ミー ナラシヨウ」

と称える。すすきは家の門口に置いて魔除けにする。

                (文責 西島)




        平成14年9月 「上嘉鉄魂」 第52号 掲載
 
posted by hathitu at 19:32| Comment(0) | 上嘉鉄の行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月28日

ルンガンドウ(六月堂)のこと

■ 名称

 ルンガンドウはその名称から判断して鹿児島本土からの伝来と考えられる。六月堂(ろっかつどうを方言にすればルンガンドウになります。)

 然し鹿児島本土の六月堂の内容と奄美のルンガンドウの内容とは異なっているが、両方とも(鹿児島も奄美も)神社の祭りであることは同じである。上嘉鉄では、保食神社と水神社の祭り。

■ 意識

 旧暦の六月は年によっては長雨になったり、反対に空梅雨になったりで農作物に被害を及ぼしたりする。

 また、悪疫が流行しがちであり、体調を崩しがちである。更に暑くなるにしたがい子どもの水遊びによる事故が出たりするので、悪霊排除、五穀豊穣、家内安全保護を氏神様に祈願する祭りであることは本土と変わらない。

■ 起源

 ルンガンドウの起源については、保食神社設立が起こりと考えられる。保食神社の設立は明治2年の廃仏毀釈(明治政府による神道国教化政策に基づいた仏教廃止運動)により仏像。仏寺が破壊され代わって各地に神社が設立された。

 喜界では明治3年湾に高千穂神社が設立されているので、その後、上嘉鉄の保食神社も設立された。

 昔の人はルンガンドウに参加しなければ縁起が悪いと言っていた。尚、江戸時代の奄美の文献にも他の民族行事についての記録はあるが、ルンガンドウについての記録は見あたらない。

                      (西島)


平成12年8月 「上嘉鉄魂」第27号 掲載 

★喜界島の関連ページです。見てください。★

    ■ウモーリよ!「結い」の島・喜界島へ■

       http://umooriyokikaijima.seesaa.net/
posted by hathitu at 07:11| Comment(0) | 上嘉鉄の行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月19日

上嘉鉄正月行事について

 上嘉鉄を含めて奄美ではほとんどの家庭が経済の著しい伸展と生活水準の高揚、生活様式の近代化、都市化になっています。

 それとともに私たちの先祖が考え、長年にわたり培われた貴重な行事本来の意味が失われたり、消滅したり、意味不明のままだけ残ったりしています。

 そこで、本稿では上嘉鉄の正月行事について2,3簡単に眺め祖先の真摯な姿を知るのも必要ではないかと考え、粗末ではあるが思い切って問題提起の意味で出してみました。

 皆様のご意見をお願いいたします。

 しめ縄、喜界島ではしめ縄のことを「オーバリ」といい、もとは本土からの移入だろうが本土のしめ縄とは形が全く違う。

■ しめ縄の「しめ」は方言の「シンミ」のことで「シンミ」とは「標  占有」を示すことです。

  田畑に作物を植えた後、その中心にすすきや蘇鉄の葉を立てて「悪 霊邪神 病害虫の進入防止の呪禁」と「豊作を祈願」する行事はいま でもある。

  オーバリという言葉は、正月用語で奄美に限らず薩南諸島全域にあ り、その意味は「大きく張り回らす」ことで、その縄から内は、その 家の年神様の斎場だから「悪霊邪神の進入を禁止」する神聖な場所と いう意味ではないかと思う。

■ お年玉について
  
  年神様は、毎年一回各家庭に来臨し、家族全員に年玉「年霊」(と しだま)を一つずつ授ける。その年霊には新鮮で強力な生命力がこも っていると考えられている。

  1年立って古くなった私たちの魂の中に、新たな年霊が加えられ  ると、若返って強くなると信じてすがすがしい清心で正月を迎えたで あろうと思う。

■ 若水について

  元日の日の出前に汲む水を若水という。その若水で洗顔、身を清  め、先祖の花生け、お茶を沸かし、食事をつくり、先祖にあげ、家族 も飲食する。

 元日の若水を使えば1年中病気をしないと信じていた。

               (文責 西島)


平成11年1月1日(金) 第8号「上嘉鉄魂」より掲載
 


 
posted by hathitu at 05:28| Comment(0) | 上嘉鉄の行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
喜界島上嘉鉄の集落誌「上嘉鉄魂」のTOPへ戻る
関連サイト・ウモーリよ!「結い」の島・喜界島へ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。