2009年03月01日

上嘉鉄ユミタ・・・ユワサ U

 ユワサ=語源は「飢・やわし」の転。上代語

 餌欲し(えほし)の意味。空腹を感じるさま、ひもじいこと。国語と同じ。

上嘉鉄では次のような用例がある。

ユワサドゥマサ=飢しぞ甘い(やわしぞうまい)

 空腹になると何を食べてもおいしい意味。

ヤーサドゥシ=飢餓年

 台風や気候不順その農作物の大凶作年。そのような年は昔は餓死者が大勢でたと代官記に見えている。

南界記


平成16年6月「上嘉鉄魂」第73号 掲載


ラベル:上代語 ユワサ
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2009年02月25日

島ユミタ・・・ハビル




■ ハビル・シャービラ=古語の「侍り(はべり)・為侍り(しはべり)」の転であり、おりの丁寧語であり、ございます。おりますの意味(古語辞典)

 奄美の方言ではあまり耳にしないが奄美民謡詩歌では次のように使用されている。

「アスビ ハビロ」=遊びましょう

「アスビ シャービロ」=遊びしましょう

「シシヤ アヤビラン」=肉ではありません

などとよく使用されている。

 この語法は、上古(奈良時代)から中古(平安時代)に使用され鎌倉時代以降は使用されなくなり、変わって「候(そうろう)」が使用されるようになった。(広辞苑)

 八月踊りの詩歌・奄美民謡には「侍り」が多く「候」はあまり見当たらない。この事実から奄美の民謡は平安時代からの発生ではないかと想像されるがいかがなものだろうか。

 ついでに沖縄の方言には日常挨拶語として

キャビラー=来侍る=「来ます、ごめんください」

があります。

 大島本当では、これに相当する言語は、

キョウロ=来候(きそうろう)

があります。

 これは本土と沖縄・奄美間の距離差か?交流差によるか?後考の必要があります。

 喜界島ではセーラー=「来ます」と「ホーイ」があり、ホーイの語源は分からない。

                     南界記


平成17年12月 「上嘉鉄魂」第91号 掲載
  


ラベル:ハビル
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2009年02月19日

上嘉鉄ユミタ・・・マディ



 上嘉鉄方言に「マディ」という言葉があります。
語源は国語の「惑う」の転訛で見当を失って途方にくれる、悩む、心が乱れる、考え違い、慌てる等の意味があります。

 方言では国語の意味の他に「喪失」「孤独」の意味が加味されているようだ。例を上げれば次のような言葉がある。

・トゥジマディ=妻惑い、病気等で妻を亡くした。

・ウトゥマディ=夫惑い、夫を亡くした。

・ヤーマディ=家惑い、国語の戸惑いに近い意味。勘違いして家や部屋、場所を間違えること。

・イヌチィマディ=生命惑い、命を失う程の危険な目にあうこと。

・ハニマディ=お金惑い、金銭を粗末に扱ったり、無駄遣いすること。

・ヒママディ=時間惑い、時間を無駄にすること。

・ウチドンマディ=置所惑い。

・ソウマンディ=性惑い、突然の来客で何から手をつけたらよいか慌てること。
肝心なものが必要なときに無く狼狽することにも使用する。

・ミチィマディ=道惑い、道に迷うこと。

・シママディ=島惑い、故郷を離れて、放浪すること。

                  (文責 西島)


平成14年5月「上嘉鉄魂」第48号 掲載 


ラベル:マディ
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2009年01月25日

上嘉鉄ユミタ・・・【バシ】

 最近は余り聞かないが、上嘉鉄に「バシ」という方言の助詞があります。

 語例で示せば、

アミバシ フティナ =雨が降ったかの意味。

 広辞苑によれば

 「バシ」は「強調」を表す助詞で、平安末に使われ江戸時代には使用されなくなり、現在鹿児島県と佐賀県の方言に残っており、主として禁止・推量・疑問の文中にあって、強調を表す言葉とあります。

 口語では、

「まで・でも・ほど」

などと訳されると思う。

 方言では否定の言語にも使われているようだ。この事からも平安から鎌倉にかけて本土から移住者があったことが証明される。

              (南海記)


平成17年7月「上嘉鉄魂」第86号 掲載






ラベル:バシ
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上嘉鉄ユミタ・・・【〜サー】

※ 〜サー=〜する者

 琉球方言に〜する者という独特の方言があり、用法に二通りがある。

@ 名詞に「者」をつけて〜サー=〜者
 
 例を示せば、

墾(はる)+者= ハル サー=農業人のこと

墾には開くの意味があり新しく土地を開墾・掘り返す意味から農業の意味に変化した。

磯+者=イスサー  漁師のこと

唄+者=ウタサー  祝いの席で唄を歌う人

細工+者=セークサー 大工のこと

物+者=ムンサー  食べ物を作る人 葬式や祝いの日に接待をする人

 国語にも同じ語法がある。

例えば、走者、奏者などがあります。

A 動詞の語尾に母音の「ア」を付けて〜〜する人という名詞を作る語法がある。

 例を示せば

歩く+ア=アッチャー

ハル アッチャー=農業人

イス アッチャー、海 アッチャー=漁師など

ガッコウ アッチャー=学校に通っている、学校に行っている学生・生徒のこと。

 直訳すれば「墾、歩いている」「海、歩いている」「学校 歩いている」等と幼少の頃本土で平気で使用して笑われ、恥ずかしい思いをした記憶が生々しく思い出される。

 通っている。行くを方言で「アッチョウリ ・アッキ・アッチャー」と表現している。その直訳である。

 方言を標準語に直訳することは無理があり、失敗することが多い。

縫う+ア=ノウヤー チン ノウヤー=着物を縫う人、葬式などで依頼する。

作る+ア=トゥッチャー、 ムン トゥッチャー=食事を作る人。

弾く+ア=ヒチャー サンシン ヒチャー=三線を弾く人。

 英語にも同様の語法があります。

 例えば、

 ストーカー、プレーヤー、ピッチャーなどたくさんあります。

                  (南界記)


平成17年 9月「上嘉鉄魂」第88号 掲載









ラベル:〜サー
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2009年01月20日

上嘉鉄の方言・・・ウバイ

 上嘉鉄の夏の食事・・・ヒチィウバイ

 ヒチィウバイ=挽き(ひき)と椀飯(わうばん)の複合語。喜界島方言でご飯のことを「ウバイ」と言う。

 「ウバイ」の語源は上代語で「椀飯 わうばん」のことで「椀に盛った飯」の意味。

 更に中世になると「ご飯」というようになる。方言の「ウバイ」は「ワウバン」の転訛と思われる。

 ヒチィウバイは小麦または大麦を磨り臼(すりうす)で挽き潰した粉末を(小麦の方が美味しかった)沸騰したお湯の中に少しずつゆっくり入れる。

 小麦粉のお粥の感じ、畑地が多く、水田が少ない我が集落の大事な食事だった。昔は麦を大量に生産したが今は全く作らなくなった。

ヒチィウバイは炊きたておかゆのような感じだが、冷えるとやや固くなり、真夏の時にユミスーと食べたあとの味は忘れられない。それにお米を少々加えるとなお美味しい。

 ソウスの語源は古語の磨り臼(すりうす)スリウス→スース→ソウスと変化。

 ウトゥシイリ=落とし入れ

 幕末の奄美の記録(南島雑話T)の食事の蘇鉄の項に「落とし入れ」の記録が数カ所に見える。

 ウトゥシイリはヒチィウバイに砂糖を入れて味付けしたおやつのこと。お盆の先祖のお供えには欠かせないおやつの一つ。

 沸騰したお湯の中に小麦粉と砂糖の粉末を徐々に上から落とし入れる料理法からでた言葉と思われる。

 インニュミ=はったい粉のこと。

 小麦をケーナビー(鍋の欠けたもの、欠け鍋のこと)で炒って焦がし、ソウス(磨り臼 すりうす)で挽きつぶし粉末にしたものを砂糖を混ぜてそのまま食べる。

 語源は「イン=口に入れる」と「ニュミ=飲み込む」の複合語と考えられる。

 真夏の熱い昼下がり農作業に出かける前ガンマラーの木陰で数人の家族、友人、知人などと世間話をしながら、インニュミで腹ごしらえをする。

 インニュミをガンマラーの固い葉ですくって食べる。そのうえガンマラーの木陰の涼しいことも気分を爽快にさせてくれた。

              (西島記)


     平成13年8月「上嘉鉄魂」第39号




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ラベル:ウバイ 上嘉鉄
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2009年01月15日

上嘉鉄ユミタ(方言)・・・【マグム】

 【マグム・マグミ・マグメー・マグディのこと】

 平成14年度の喜界町公民館講座の受講生募集案内に
「あなたも、マグンデみませんか」という方言混じりの語句が目に止まりました。

 マグム・マグミは{マジン」+「クム」の複合語と思われる。

 マジンは国語の「混じる・交わる・雑ざる」と同意味の転訛と思う。

 方言の語例
 
・ ワッタリ マジン アスボウ
  (二人 一緒に遊ぼう)

・ マジン ワン カチィ イコウ
  (一緒に湾に行こう)

 クムは国語の「組む」と同じ、取り組む、事をするため仲間になる、組になるの意味で、この語は、主にマジンと合成して使用される。

 方言の語例

・マグメー ムン=共有物

・フニ マグミ=船仲間

・サータヤー マグミ=砂糖製造仲間

・アミ マグミ=網仲間

                  (文責 西島)


    平成14年6月「上嘉鉄魂」第49号 掲載 


ラベル:マグム 上嘉鉄
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2009年01月12日

上嘉鉄ユミタ(喜界島)・・・敬い言葉について

 上嘉鉄の敬い言葉は、本土や他地区と比較して至って簡単で尊敬語も少ない。

 その原因は上嘉鉄には昔から階級的差別や制度がなく皆が平民同士で平等な集落であったのか?

 しかし支配者と被支配者、財産家と貧者、有力者と被有力者の区別も多少はあっただろうが言葉に関しては臨機応変に多めに見ていただろうと考えられる。

 本土や他地区では言葉一つ間違えば、昔は打ち首、喧嘩沙汰、お目玉を喰らうところだが、上嘉鉄ではそのような不祥事は殆ど耳にしない。

 言葉についての躾は「オーホー カイ」「オーホー シリ」「ヤシユミター シンナ」「ユミター スラク カイ」と親たちは幼い子どもを指導する。

 このことは私たちの先祖は言霊(ことだま)信仰の思想が有ったことの証左であろう。

 「自分が発した言葉は自分に返ってくるものだ」

と母から注意されたことがたびたびあった。

 上嘉鉄の二人称(貴方、君)は

「ダ」「ウラ」「ナーミ」の3つだけ、「ウラ」は他集落では使用するが上嘉鉄では殆ど使用しない。「ダ」と「ナーミ」だけだ。

 「ダ」の語源は古語のおのれ(己)で

おのれ→うぬ→うら→だ、と変化した形

「うら→だ」への音韻変化は少し変に感じられるが「う」が脱落し「ら」→「だ」に変化する例は多い。

 例をあげれば次の通り

 ランプ→ダンポウ  らく(楽)→だく らんがき

(蘭笠)→だんがさ らち(埒)→だち などがある。

 ただし語頭にある場合に限るようだ。

「ナーミ」二人称の、尊敬語、語源は「汝」なむじの「な」と「御身」の「み」の複合語

 この語は中古時代は敬語であったが鎌倉ころからお前などとして今日に至っている。

 上嘉鉄では同一家族間ではよほどの家庭でない限り使用しない。親子夫婦兄弟間でも「ダ」が一般的である。

                   (西島記)


 平成15年5月「上嘉鉄魂」第60号 掲載




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上嘉鉄小学校「方言に親しもう」発表会開催

 去る1月15日(日)午前10時半より、上小体育館で行われた「方言に親しもう」の発表会には保護者をはじめ地域の高齢者の方々等大勢の見学者の見守る中、子どもたちが堂々とシマゆみたを発表してくれた。

 1年生は、冬休みの日記の中から

「むっちぃーとぅちぃえん かでぃ。ぷーんとぅ まさてぃ」

 等、元気いっぱいに発表。2年生は方言クイズ、3年生は「聴耳笠」を方言で発表。

 4年生は竹を使った遊びやゴム跳びを方言の説明つきで実演。5,6年生は「一家庭一家訓」を方言で紹介してくれた。

 見学に訪れた高齢者からは、

 「本来、方言学習は学校よりも家庭、地域で取り組むべきもので、これを機に地域で子ども達に教える組織が必要ではないか。我々大人がもっと方言に誇りを持って使うべきではないか」

 という声もあった。
                 (文責 生島)


    平成16年3月「上嘉鉄魂」第70号 掲載



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上嘉鉄ユミタ(ビンダレー=洗面器)

 ビンダレー=洗面器
 
 語源は鬢盥(びんたらい)髪をときつける時に水を入れる小さな容器(たらい)のことだったが、江戸時代には髪結いの出張調髪のとき髪結いの小道具一式を入れて持ち運べるようにした細長い手提げ箱の意味に転じた。               (古語辞典による)

 上嘉鉄では「洗面器」のこと、多分江戸期か明治に移入された器具、言語と推察される。

「たらい」の語源の母音「ア」「イ」の連母音は奄美では「エ」に音韻変化する原則がある。

 それによると「たらい」は「タレー」となる。今は死語になり器具も金属性からプラスチックに変わった。

                (西島記)


    平成13年11月「上嘉鉄魂」第42号



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喜界島(喜界町)上嘉鉄の方言(キ音) 

 上嘉鉄方言では標準語の(き音)は、そのほとんどが(チ、ス音)に音韻変化しています。

  方言       語源       意味

チャシ      きさき        しらみの卵
チヌ チン    衣(きぬ)      着物
チム       肝(きも)      肝
チムハナサ    肝愛(きもかなし)  気心が可愛い
チムチャゲサ   肝痛(きもいたけし) あはれ情味をそそる

チムヤマシ    肝病(きもやまし)  心を悩ます
チムダマシ    肝魂(きもたまし)  心魂 処世の才
チムチュサ    肝強(きもつよい)  意地が強い
チムイジャチ   肝出(きもだす)   癇癪を出す
チムグクル    肝心(きもこころ)  気心
チムヤバラサ   肝軟(きもやはらし) 気が優しい

チムイスガリ   肝急(きもいそぐ)  気がせく
スラサ      清(きよら)     美しいこと
スラヰンガ    清男(きよらおとこ) 美男子
スラメーラビ   清女(きよらおんな) 美女
チロウネー    器量無(きりょうなし)臆病者
                    (文責 西島) 


    平成11年「上嘉鉄魂」第19号 掲載   
 



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2009年01月07日

上嘉鉄の方言【トゥマミー】(そら豆)

 トゥマミー=空豆・蚕豆(そらまめ)のこと。

 今畑には空豆が紫色の蝶形の可憐な美しい花をつけて今にも大きな莢を実らせようとしています。

 空豆の名称の由来は二つあります。

1 豆のさやが空に向いているから空豆という説。

2 豆のさやが蚕の繭に似ていることから蚕豆という説。

 喜界島方言のトゥマミーの語源は二つ考えられる。

1 「唐豆」でこの場合の唐は必ずしも中国の唐を意味しない。渡来品の意味がある。

2 空豆は他の豆と比較して粒が大きいことからきた名称。オオドウのドウが消音化したと思う。

 空豆は畑地が多い上嘉鉄では戦前・戦後大量に生産し、名瀬の市場に出荷した。奄美大島ではその豆を「キャーマミー」(喜界豆)と命名される程市場を独占し、その名声は高く他地区産を圧倒し一世を風靡した時代もあった。

 空豆は、その性質上、熟しだしたらすぐ収穫し、収穫した空豆は、完全に天日で乾燥させ、出荷。飢饉の時の救慌食物として大事に保管し、また遠足等のお菓子代わりにケーナビーで煎った豆を持参しておやつとした。

 柔らかい青葉は煮付けや雑炊の具に利用し、更に青葉を茹でて天日で乾燥させこれも救慌食物として万一に備え保管した。

 茎は肥料として畑に鋤込んだり、乾燥させて燃料とした。

                 (西島記)


平成14年3月 「上嘉鉄魂」第46号


空豆は、2月ころになると熟し、青いうちに茹でて食べます。
一斉に熟すので食べきれない分は、完熟させ収穫します。



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2009年01月04日

喜界島、上嘉鉄の方言「フウミチィ」

 フウミチィ=火めく・熱く(ほめく)の転

 奄美では気温と湿度が高く、むしむしして不快を感ずる熱さ、蒸し熱いこと。

 「フウミチィエン ニンバラー」

という方言を思い出せば戦前から終戦直後にかけて、我が上嘉鉄の大半の家庭では、家は狭いうえ家族が多く、蒸し暑い夜など、寝苦しく安眠出来なかったことを思い出す。

 あの頃若い青少年達は、ヤンガーの泉で一浴びした後、ハニクでムッスンカーを敷いて、毛布一枚で野宿して過ごしたことを思い出す。

 今では、家も広く、子どもも少なく、冷房装置も完備した昨今は半世紀前のフウミチィエン ニンバラーの実感も薄れ、フウミチィの方言も消滅し「アツサ」だけがのこるのではないか。
                     (西島記)


平成13年7月 「上嘉鉄魂」第38号
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2009年01月02日

喜界町(喜界島)上嘉鉄の方言(アーリ)



 古語又は文章語がそのままか、或いは転訛している方言

 方言      古語        意味

アーリ      明るの訛      明るくなる

アーツゥチ    あかときの訛    暁

アーモウリ    赤むの訛      赤くなる

オウモウリ    青むの訛      青みをおびる

アンマサリ    あぐむの訛     気乗りがしない

アサテ      あさて       明後日

アサリ      あさり       漁


アササ      あさり       海川の浅いこと

アタラサ     あたらしの訛    惜しい

アツサ      あつる       熱る

アッタラ     あたら       可惜の訛

アンマー     あむ あま     母 祖母

アマダリ     あまたり      雨垂


アヤ       あや        文 綾 ひび

アドゥナー    あどなし      あどけなし

アラドゥ     非ず        でない

アラミ      あらめの訛     ではないか

アラー      あらぬ       違う

アーリ      あかる       離婚・離別


アターダ     あわただの訛    急

イートゥシ    言い落とす     けなす

ユ        いをの訛      魚

イバサ      せばしの訛     狭い

イチンミ     息むの訛      力む

イダリ      いさり       魚をとること

イチュナサ    いちなしの訛    忙しい

イミ       いめ        夢

               (文責 西島)


        平成10年11月 「上嘉鉄魂」第7号 掲載


 
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2008年12月30日

喜界町(喜界島)上嘉鉄の方言、「アヤカリ」について




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    ■ウモーリよ!「結い」の島・喜界島へ■

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 アヤカリ=国語の肖る(あやか・る)と同じ。ある物に触れ、また感じて揺れ動く、変化する、感化されて似る、物に感じてそれと同じになる意味。

 上嘉鉄では次のような例がある。

☆ 敬老会当日の挨拶に長寿者への祝福の言葉と同時に

 「ドウカ アヤカラチィ タボウリ」

 と挨拶するのに対して

 「アヤカリヨウ ナガイチィ シリヨウ」

 と言って長寿者からお酒と餅を戴いて「肖る」作法が今もある。とても美しい光景だ。

☆ 一時代前まで子どもが生まれると赤子の健康と幸せを念願して命名には一族の中の(特に祖父母・父母)健康で社会的地位のある人に肖らせようとその人の片名・偏名(方言でハタナー)を付ける慣わしがあった。

 子どもが成長し物心が付いたとき片名を戴いた人の名に恥じない人間になるよう努力させ、果報を得させようとの念願をこめて命名する慣わしがあった。

 昔の命名には、その時代時代の慣習と信仰に基づくものがあったようだが、そのことについては別の機会に譲ります。

 同じような発想は本土の師匠と弟子の間にも見受けられる。師匠が弟子に自分の所持品を与える風習も自分に「肖らせる」意味合いからと思う。

 与えられた弟子は有り難く感謝して修業に励む努力をし、終生その恩を忘れず、生涯を通して麗しい純日本的師弟関係が生まれたと思う。

                 (文責 西島)



        平成15年2月「上嘉鉄魂」第57号 掲載



 
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2008年12月29日

喜界島(喜界町)上嘉鉄の諺



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ユワサ ドゥ マサ

飢し  ぞ  甘い

飢(やわし)  甘い・美い・旨い(うま)

 空腹になると何でも美味しい意味。

ヤワシ=古語の飢の転。 ドゥ=古語の「ぞ」の転。

マサ=旨いこと「ウ」脱落、国語の形容詞の語尾の「い」は方言では、ほとんど「サ」に変化する。

 現在は飽食の時代といわれるほど欲しい食べ物が自由に入る時代だが終戦直後は食べるものがなく餓死寸前の時代があったことは想像すら出来ない。

 当時は味の善し悪しなど問題ではなく、お腹がいっぱいになりさえすればよい、そんな時は何を食べても美味しい。味の善し悪しよりまず満腹をということの意味と思う。

                  (西島)



     平成16年2月「上嘉鉄魂」第69号 掲載



ラベル:上嘉鉄の諺
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ヒラ・ハルについて

 琉球語で道の勾配を表すヒラ(坂)サカ(坂)トー(平坦地)には特色がある。

 急勾配の坂道があって、それを下から上に登るときは、ヒラ(山川ビラ)と呼び、同じ坂道でも上から下に降りるときは、サカと呼ぶ。

 その昔。山川ビラは急勾配であり素足で荷を負って登る苦しみを

 このひらのきつさ足骨(サブニ)のやむり

   特ちゅり玉子金 のり馬頼(た)んま


と歌っている。

 沖縄では小字のことをハルと言う。原はハルと読み、バル、ハラと変化する。ハルは一般的には畑・耕地のことであるが(喜界もその通りです)

 沖縄ではバル・バリという呼び方は小字名をさすことが多い。

 喜界の耕地名であるハル名はメーバル(前原)ウィーバル(上原)
ニシバル(西原)トゥバル(桃原)など多くあり、特に台地などの高い方をウィーバルという。

 兼久は砂を主とする沖積土壌の方言名であり、同様に海岸地帯の砂丘をなしている沖積地についてもカネクと呼ぶ。

 また、通俗的に馬走(は)らせの馬場であった。

 馬走(は)らち美(す)らさ 嘉鉄長兼久

 舟浮(う)きて  美らさ東(ひが)の港


と八月踊り唄に歌われている。

 ハルの中で最も有名なのが喜界島の湾桃原であろう。湾桃原は喜界一広い畑地で湾当原、湾遠原、湾頭原などの当て字を使っていた。

 琉球圏の中の喜界島も琉球語の本質からして広い台地を桃原と呼称すべきで湾桃原に統一してほしいものである。

                盛山 末吉



         平成13年8月 「上嘉鉄魂」第39号 掲載



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2008年12月28日

上嘉鉄ユミタ

 数年前、関西大学の某教授が上嘉鉄方言の調査に来島された時、小生が案内及び世話を努めた時のこと、

 老婆が次のように話をなされた。

 私が結婚してまもなく

 「ウーダク ヌ ヤーカチ ユミ ナレンカラ マ アッカイー

  シラン クトゥ ヌ ナリンニャ」


 と姑に言われたとの話を聞いて私は「ウーダク」の意味が分からなかった。

 友人に聞いたら資産家のことだと教えてくれた記憶がある。

 当初私は「ウーダク」は「大楽」が語源と思い、資産家に嫁にいけば、何もしないで楽して食べていける意味ではないかと思った。

 然し、姑の言葉を良く考えてみれば私の解釈は当たらない。

 姑の言葉の意味は次のようになる。

「ウーダクの家にきてから、馬が扱えないということが言えるものか」

 といい、姑は「馬ぐらいは女でも扱えるようになれ、でないとこの財産を維持することは不可能だよ」と言っている。

 私が当初考えていた「大楽」どころではない。姑の嫁に対する躾の厳しさが伺える。

 ウー=ウフの略で上代語の「大きい」意味

 ダク=上代語で抱く(うだく・むだく・いだく)

 財産をたくさん持っている「土地・畑を沢山抱いている」ことと解釈すれば姑の言葉の意味が通じる。

 資産家に嫁ぐことは若い娘の憧れでもあっただろうが、それ相当の覚悟も必要であった。

 昔の風潮を知る思いがする。財産を守り増やすためには親は嫁も子どもも甘やかさない一昔前の厳しさを感じた。

          (文責 西島)


      平成13年9月 「上嘉鉄魂」第40号 掲載

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ラベル:ユミタ
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2008年12月27日

上嘉鉄ユミタ

 食事呼称のこと

★ ヒンマジイ=朝食のこと

 語源は中世語の昼間食(ひるまじき)→ヒンマジイと転訛したのであるが、朝食に昼間食というのはどうもおかしい納得し兼ねる。

 考えられるのは、昔(江戸時代前)の日本人の食生活に原因があるのではと思う。当時は一日に朝よりと夜よりの二度の食生活であった。

 その呼称は、アシー(朝食)とヰイ(夕食)であったのが、江戸時代の頃から現在のように朝、昼、夜と三度の食生活文化になったのが原因と思われる。

 当時の人たちは早朝起床と同時に食事抜きに農作業に従事する。特に亜熱帯気候の奄美では夏が長いうえ、日中は暑いため、早朝の涼しい時間に働き、暑くなって帰宅食事をする。

 それをアシー(朝食あさいひ)と言ったのが原因である。多分現在の10時以後と思う。その言葉をそのままにして、新しく加わった現在の朝食帯に当たる時間にも食事をとる食生活に変化し、その呼称をヒンマジイとしたと考えられる。

 その際夕食のヰイ(夕食 ゆういひ)には変化がない。

 飯=いひ 上代語(奈良朝 万葉集)

 食=じき 呉音 食事のこと

 なお、上嘉鉄に「ムチアッキー」という方言もある。最近はあまりきかない。これは「ムチ=持つ」+「アッキー=朝餉(あさげ)朝食」の複合語で農繁期の寸暇も欲しい時に食事を畑に持って行って食事をすること。

 「あさげ」の「げ」は五十音の「え列」は「い列」の「キ」に変化するのは、奄美方言の特色だ。「け」は上代語で食事のこと。夕餉もある。

 家族総出で夜明けと同時に朝食抜きで農作業に出かける。後で主婦が食事の支度をして畑に持って行くそれを「ムチアッキー」といった。

 早朝労働は上嘉鉄の先祖たちは特に厳しかったようだ。次のような逸話がごく最近まで耳にしたことがある。

 「上嘉鉄の人は馬に草鞋(わらじ)を履かせて農作業に出かける」

 真偽の程は定かでないがその理由は次のようだ。

1 馬の足音で隣近所の人を起こして迷惑を掛けない。

2 他人より咲きに畑に出かけるのを美徳と考えた。

3 上嘉鉄
 人独特の人に負けたくない「負けじ魂」のなせる根性か?

 上嘉鉄人の勤労意欲旺盛で頑張りと根性、涼しい内に労働する合理性を感じた。それが今日の繁栄の基礎ではと思う。「アサンサ取り」という言葉も耳遠くなった。

              (文責 西島)



平成13年10月 「上嘉鉄魂」第41号 掲載
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上嘉鉄方言の語源 「チュ」って?

■ チュ=人のこと。

 語源はピトである。

 変化形は、ピト→ピツ→ピチュ→チュと音韻変化している。

 「ト」は奈良朝、上代語で人の意味。これは第一音節の「イ」母音
「ピ」の影響で後続の「ツ」子音が口蓋化し「ピチュ」となり更に第一音節の「ピ」が脱落して「チュ」となった現象、奄美全域で共用されている優勢語。

★ 関連語句

 チュサチ=人に先んずること

 チュアト=人に遅れること

 チュミシリ=人見知り

 チュジレー=人嫌い、チュヤネーサ、チュハゴーサとも言う。

 チュダマ=人魂

 チュナミ=人並み

 チュンタミ=人のため

 チュンメーバナ=人の前先

 チュンムン=人の物

       (西島)


  平成13年5月 「上嘉鉄魂」 第36号 掲載
ラベル:方言 上嘉鉄
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2009年03月01日

上嘉鉄ユミタ・・・ユワサ U

 ユワサ=語源は「飢・やわし」の転。上代語

 餌欲し(えほし)の意味。空腹を感じるさま、ひもじいこと。国語と同じ。

上嘉鉄では次のような用例がある。

ユワサドゥマサ=飢しぞ甘い(やわしぞうまい)

 空腹になると何を食べてもおいしい意味。

ヤーサドゥシ=飢餓年

 台風や気候不順その農作物の大凶作年。そのような年は昔は餓死者が大勢でたと代官記に見えている。

南界記


平成16年6月「上嘉鉄魂」第73号 掲載


ラベル:上代語 ユワサ
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2009年02月25日

島ユミタ・・・ハビル




■ ハビル・シャービラ=古語の「侍り(はべり)・為侍り(しはべり)」の転であり、おりの丁寧語であり、ございます。おりますの意味(古語辞典)

 奄美の方言ではあまり耳にしないが奄美民謡詩歌では次のように使用されている。

「アスビ ハビロ」=遊びましょう

「アスビ シャービロ」=遊びしましょう

「シシヤ アヤビラン」=肉ではありません

などとよく使用されている。

 この語法は、上古(奈良時代)から中古(平安時代)に使用され鎌倉時代以降は使用されなくなり、変わって「候(そうろう)」が使用されるようになった。(広辞苑)

 八月踊りの詩歌・奄美民謡には「侍り」が多く「候」はあまり見当たらない。この事実から奄美の民謡は平安時代からの発生ではないかと想像されるがいかがなものだろうか。

 ついでに沖縄の方言には日常挨拶語として

キャビラー=来侍る=「来ます、ごめんください」

があります。

 大島本当では、これに相当する言語は、

キョウロ=来候(きそうろう)

があります。

 これは本土と沖縄・奄美間の距離差か?交流差によるか?後考の必要があります。

 喜界島ではセーラー=「来ます」と「ホーイ」があり、ホーイの語源は分からない。

                     南界記


平成17年12月 「上嘉鉄魂」第91号 掲載
  


ラベル:ハビル
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2009年02月19日

上嘉鉄ユミタ・・・マディ



 上嘉鉄方言に「マディ」という言葉があります。
語源は国語の「惑う」の転訛で見当を失って途方にくれる、悩む、心が乱れる、考え違い、慌てる等の意味があります。

 方言では国語の意味の他に「喪失」「孤独」の意味が加味されているようだ。例を上げれば次のような言葉がある。

・トゥジマディ=妻惑い、病気等で妻を亡くした。

・ウトゥマディ=夫惑い、夫を亡くした。

・ヤーマディ=家惑い、国語の戸惑いに近い意味。勘違いして家や部屋、場所を間違えること。

・イヌチィマディ=生命惑い、命を失う程の危険な目にあうこと。

・ハニマディ=お金惑い、金銭を粗末に扱ったり、無駄遣いすること。

・ヒママディ=時間惑い、時間を無駄にすること。

・ウチドンマディ=置所惑い。

・ソウマンディ=性惑い、突然の来客で何から手をつけたらよいか慌てること。
肝心なものが必要なときに無く狼狽することにも使用する。

・ミチィマディ=道惑い、道に迷うこと。

・シママディ=島惑い、故郷を離れて、放浪すること。

                  (文責 西島)


平成14年5月「上嘉鉄魂」第48号 掲載 


ラベル:マディ
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2009年01月25日

上嘉鉄ユミタ・・・【バシ】

 最近は余り聞かないが、上嘉鉄に「バシ」という方言の助詞があります。

 語例で示せば、

アミバシ フティナ =雨が降ったかの意味。

 広辞苑によれば

 「バシ」は「強調」を表す助詞で、平安末に使われ江戸時代には使用されなくなり、現在鹿児島県と佐賀県の方言に残っており、主として禁止・推量・疑問の文中にあって、強調を表す言葉とあります。

 口語では、

「まで・でも・ほど」

などと訳されると思う。

 方言では否定の言語にも使われているようだ。この事からも平安から鎌倉にかけて本土から移住者があったことが証明される。

              (南海記)


平成17年7月「上嘉鉄魂」第86号 掲載






ラベル:バシ
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上嘉鉄ユミタ・・・【〜サー】

※ 〜サー=〜する者

 琉球方言に〜する者という独特の方言があり、用法に二通りがある。

@ 名詞に「者」をつけて〜サー=〜者
 
 例を示せば、

墾(はる)+者= ハル サー=農業人のこと

墾には開くの意味があり新しく土地を開墾・掘り返す意味から農業の意味に変化した。

磯+者=イスサー  漁師のこと

唄+者=ウタサー  祝いの席で唄を歌う人

細工+者=セークサー 大工のこと

物+者=ムンサー  食べ物を作る人 葬式や祝いの日に接待をする人

 国語にも同じ語法がある。

例えば、走者、奏者などがあります。

A 動詞の語尾に母音の「ア」を付けて〜〜する人という名詞を作る語法がある。

 例を示せば

歩く+ア=アッチャー

ハル アッチャー=農業人

イス アッチャー、海 アッチャー=漁師など

ガッコウ アッチャー=学校に通っている、学校に行っている学生・生徒のこと。

 直訳すれば「墾、歩いている」「海、歩いている」「学校 歩いている」等と幼少の頃本土で平気で使用して笑われ、恥ずかしい思いをした記憶が生々しく思い出される。

 通っている。行くを方言で「アッチョウリ ・アッキ・アッチャー」と表現している。その直訳である。

 方言を標準語に直訳することは無理があり、失敗することが多い。

縫う+ア=ノウヤー チン ノウヤー=着物を縫う人、葬式などで依頼する。

作る+ア=トゥッチャー、 ムン トゥッチャー=食事を作る人。

弾く+ア=ヒチャー サンシン ヒチャー=三線を弾く人。

 英語にも同様の語法があります。

 例えば、

 ストーカー、プレーヤー、ピッチャーなどたくさんあります。

                  (南界記)


平成17年 9月「上嘉鉄魂」第88号 掲載









ラベル:〜サー
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2009年01月20日

上嘉鉄の方言・・・ウバイ

 上嘉鉄の夏の食事・・・ヒチィウバイ

 ヒチィウバイ=挽き(ひき)と椀飯(わうばん)の複合語。喜界島方言でご飯のことを「ウバイ」と言う。

 「ウバイ」の語源は上代語で「椀飯 わうばん」のことで「椀に盛った飯」の意味。

 更に中世になると「ご飯」というようになる。方言の「ウバイ」は「ワウバン」の転訛と思われる。

 ヒチィウバイは小麦または大麦を磨り臼(すりうす)で挽き潰した粉末を(小麦の方が美味しかった)沸騰したお湯の中に少しずつゆっくり入れる。

 小麦粉のお粥の感じ、畑地が多く、水田が少ない我が集落の大事な食事だった。昔は麦を大量に生産したが今は全く作らなくなった。

ヒチィウバイは炊きたておかゆのような感じだが、冷えるとやや固くなり、真夏の時にユミスーと食べたあとの味は忘れられない。それにお米を少々加えるとなお美味しい。

 ソウスの語源は古語の磨り臼(すりうす)スリウス→スース→ソウスと変化。

 ウトゥシイリ=落とし入れ

 幕末の奄美の記録(南島雑話T)の食事の蘇鉄の項に「落とし入れ」の記録が数カ所に見える。

 ウトゥシイリはヒチィウバイに砂糖を入れて味付けしたおやつのこと。お盆の先祖のお供えには欠かせないおやつの一つ。

 沸騰したお湯の中に小麦粉と砂糖の粉末を徐々に上から落とし入れる料理法からでた言葉と思われる。

 インニュミ=はったい粉のこと。

 小麦をケーナビー(鍋の欠けたもの、欠け鍋のこと)で炒って焦がし、ソウス(磨り臼 すりうす)で挽きつぶし粉末にしたものを砂糖を混ぜてそのまま食べる。

 語源は「イン=口に入れる」と「ニュミ=飲み込む」の複合語と考えられる。

 真夏の熱い昼下がり農作業に出かける前ガンマラーの木陰で数人の家族、友人、知人などと世間話をしながら、インニュミで腹ごしらえをする。

 インニュミをガンマラーの固い葉ですくって食べる。そのうえガンマラーの木陰の涼しいことも気分を爽快にさせてくれた。

              (西島記)


     平成13年8月「上嘉鉄魂」第39号




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ラベル:ウバイ 上嘉鉄
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2009年01月15日

上嘉鉄ユミタ(方言)・・・【マグム】

 【マグム・マグミ・マグメー・マグディのこと】

 平成14年度の喜界町公民館講座の受講生募集案内に
「あなたも、マグンデみませんか」という方言混じりの語句が目に止まりました。

 マグム・マグミは{マジン」+「クム」の複合語と思われる。

 マジンは国語の「混じる・交わる・雑ざる」と同意味の転訛と思う。

 方言の語例
 
・ ワッタリ マジン アスボウ
  (二人 一緒に遊ぼう)

・ マジン ワン カチィ イコウ
  (一緒に湾に行こう)

 クムは国語の「組む」と同じ、取り組む、事をするため仲間になる、組になるの意味で、この語は、主にマジンと合成して使用される。

 方言の語例

・マグメー ムン=共有物

・フニ マグミ=船仲間

・サータヤー マグミ=砂糖製造仲間

・アミ マグミ=網仲間

                  (文責 西島)


    平成14年6月「上嘉鉄魂」第49号 掲載 


ラベル:マグム 上嘉鉄
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2009年01月12日

上嘉鉄ユミタ(喜界島)・・・敬い言葉について

 上嘉鉄の敬い言葉は、本土や他地区と比較して至って簡単で尊敬語も少ない。

 その原因は上嘉鉄には昔から階級的差別や制度がなく皆が平民同士で平等な集落であったのか?

 しかし支配者と被支配者、財産家と貧者、有力者と被有力者の区別も多少はあっただろうが言葉に関しては臨機応変に多めに見ていただろうと考えられる。

 本土や他地区では言葉一つ間違えば、昔は打ち首、喧嘩沙汰、お目玉を喰らうところだが、上嘉鉄ではそのような不祥事は殆ど耳にしない。

 言葉についての躾は「オーホー カイ」「オーホー シリ」「ヤシユミター シンナ」「ユミター スラク カイ」と親たちは幼い子どもを指導する。

 このことは私たちの先祖は言霊(ことだま)信仰の思想が有ったことの証左であろう。

 「自分が発した言葉は自分に返ってくるものだ」

と母から注意されたことがたびたびあった。

 上嘉鉄の二人称(貴方、君)は

「ダ」「ウラ」「ナーミ」の3つだけ、「ウラ」は他集落では使用するが上嘉鉄では殆ど使用しない。「ダ」と「ナーミ」だけだ。

 「ダ」の語源は古語のおのれ(己)で

おのれ→うぬ→うら→だ、と変化した形

「うら→だ」への音韻変化は少し変に感じられるが「う」が脱落し「ら」→「だ」に変化する例は多い。

 例をあげれば次の通り

 ランプ→ダンポウ  らく(楽)→だく らんがき

(蘭笠)→だんがさ らち(埒)→だち などがある。

 ただし語頭にある場合に限るようだ。

「ナーミ」二人称の、尊敬語、語源は「汝」なむじの「な」と「御身」の「み」の複合語

 この語は中古時代は敬語であったが鎌倉ころからお前などとして今日に至っている。

 上嘉鉄では同一家族間ではよほどの家庭でない限り使用しない。親子夫婦兄弟間でも「ダ」が一般的である。

                   (西島記)


 平成15年5月「上嘉鉄魂」第60号 掲載




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上嘉鉄小学校「方言に親しもう」発表会開催

 去る1月15日(日)午前10時半より、上小体育館で行われた「方言に親しもう」の発表会には保護者をはじめ地域の高齢者の方々等大勢の見学者の見守る中、子どもたちが堂々とシマゆみたを発表してくれた。

 1年生は、冬休みの日記の中から

「むっちぃーとぅちぃえん かでぃ。ぷーんとぅ まさてぃ」

 等、元気いっぱいに発表。2年生は方言クイズ、3年生は「聴耳笠」を方言で発表。

 4年生は竹を使った遊びやゴム跳びを方言の説明つきで実演。5,6年生は「一家庭一家訓」を方言で紹介してくれた。

 見学に訪れた高齢者からは、

 「本来、方言学習は学校よりも家庭、地域で取り組むべきもので、これを機に地域で子ども達に教える組織が必要ではないか。我々大人がもっと方言に誇りを持って使うべきではないか」

 という声もあった。
                 (文責 生島)


    平成16年3月「上嘉鉄魂」第70号 掲載



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上嘉鉄ユミタ(ビンダレー=洗面器)

 ビンダレー=洗面器
 
 語源は鬢盥(びんたらい)髪をときつける時に水を入れる小さな容器(たらい)のことだったが、江戸時代には髪結いの出張調髪のとき髪結いの小道具一式を入れて持ち運べるようにした細長い手提げ箱の意味に転じた。               (古語辞典による)

 上嘉鉄では「洗面器」のこと、多分江戸期か明治に移入された器具、言語と推察される。

「たらい」の語源の母音「ア」「イ」の連母音は奄美では「エ」に音韻変化する原則がある。

 それによると「たらい」は「タレー」となる。今は死語になり器具も金属性からプラスチックに変わった。

                (西島記)


    平成13年11月「上嘉鉄魂」第42号



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喜界島(喜界町)上嘉鉄の方言(キ音) 

 上嘉鉄方言では標準語の(き音)は、そのほとんどが(チ、ス音)に音韻変化しています。

  方言       語源       意味

チャシ      きさき        しらみの卵
チヌ チン    衣(きぬ)      着物
チム       肝(きも)      肝
チムハナサ    肝愛(きもかなし)  気心が可愛い
チムチャゲサ   肝痛(きもいたけし) あはれ情味をそそる

チムヤマシ    肝病(きもやまし)  心を悩ます
チムダマシ    肝魂(きもたまし)  心魂 処世の才
チムチュサ    肝強(きもつよい)  意地が強い
チムイジャチ   肝出(きもだす)   癇癪を出す
チムグクル    肝心(きもこころ)  気心
チムヤバラサ   肝軟(きもやはらし) 気が優しい

チムイスガリ   肝急(きもいそぐ)  気がせく
スラサ      清(きよら)     美しいこと
スラヰンガ    清男(きよらおとこ) 美男子
スラメーラビ   清女(きよらおんな) 美女
チロウネー    器量無(きりょうなし)臆病者
                    (文責 西島) 


    平成11年「上嘉鉄魂」第19号 掲載   
 



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2009年01月07日

上嘉鉄の方言【トゥマミー】(そら豆)

 トゥマミー=空豆・蚕豆(そらまめ)のこと。

 今畑には空豆が紫色の蝶形の可憐な美しい花をつけて今にも大きな莢を実らせようとしています。

 空豆の名称の由来は二つあります。

1 豆のさやが空に向いているから空豆という説。

2 豆のさやが蚕の繭に似ていることから蚕豆という説。

 喜界島方言のトゥマミーの語源は二つ考えられる。

1 「唐豆」でこの場合の唐は必ずしも中国の唐を意味しない。渡来品の意味がある。

2 空豆は他の豆と比較して粒が大きいことからきた名称。オオドウのドウが消音化したと思う。

 空豆は畑地が多い上嘉鉄では戦前・戦後大量に生産し、名瀬の市場に出荷した。奄美大島ではその豆を「キャーマミー」(喜界豆)と命名される程市場を独占し、その名声は高く他地区産を圧倒し一世を風靡した時代もあった。

 空豆は、その性質上、熟しだしたらすぐ収穫し、収穫した空豆は、完全に天日で乾燥させ、出荷。飢饉の時の救慌食物として大事に保管し、また遠足等のお菓子代わりにケーナビーで煎った豆を持参しておやつとした。

 柔らかい青葉は煮付けや雑炊の具に利用し、更に青葉を茹でて天日で乾燥させこれも救慌食物として万一に備え保管した。

 茎は肥料として畑に鋤込んだり、乾燥させて燃料とした。

                 (西島記)


平成14年3月 「上嘉鉄魂」第46号


空豆は、2月ころになると熟し、青いうちに茹でて食べます。
一斉に熟すので食べきれない分は、完熟させ収穫します。



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2009年01月04日

喜界島、上嘉鉄の方言「フウミチィ」

 フウミチィ=火めく・熱く(ほめく)の転

 奄美では気温と湿度が高く、むしむしして不快を感ずる熱さ、蒸し熱いこと。

 「フウミチィエン ニンバラー」

という方言を思い出せば戦前から終戦直後にかけて、我が上嘉鉄の大半の家庭では、家は狭いうえ家族が多く、蒸し暑い夜など、寝苦しく安眠出来なかったことを思い出す。

 あの頃若い青少年達は、ヤンガーの泉で一浴びした後、ハニクでムッスンカーを敷いて、毛布一枚で野宿して過ごしたことを思い出す。

 今では、家も広く、子どもも少なく、冷房装置も完備した昨今は半世紀前のフウミチィエン ニンバラーの実感も薄れ、フウミチィの方言も消滅し「アツサ」だけがのこるのではないか。
                     (西島記)


平成13年7月 「上嘉鉄魂」第38号
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2009年01月02日

喜界町(喜界島)上嘉鉄の方言(アーリ)



 古語又は文章語がそのままか、或いは転訛している方言

 方言      古語        意味

アーリ      明るの訛      明るくなる

アーツゥチ    あかときの訛    暁

アーモウリ    赤むの訛      赤くなる

オウモウリ    青むの訛      青みをおびる

アンマサリ    あぐむの訛     気乗りがしない

アサテ      あさて       明後日

アサリ      あさり       漁


アササ      あさり       海川の浅いこと

アタラサ     あたらしの訛    惜しい

アツサ      あつる       熱る

アッタラ     あたら       可惜の訛

アンマー     あむ あま     母 祖母

アマダリ     あまたり      雨垂


アヤ       あや        文 綾 ひび

アドゥナー    あどなし      あどけなし

アラドゥ     非ず        でない

アラミ      あらめの訛     ではないか

アラー      あらぬ       違う

アーリ      あかる       離婚・離別


アターダ     あわただの訛    急

イートゥシ    言い落とす     けなす

ユ        いをの訛      魚

イバサ      せばしの訛     狭い

イチンミ     息むの訛      力む

イダリ      いさり       魚をとること

イチュナサ    いちなしの訛    忙しい

イミ       いめ        夢

               (文責 西島)


        平成10年11月 「上嘉鉄魂」第7号 掲載


 
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2008年12月30日

喜界町(喜界島)上嘉鉄の方言、「アヤカリ」について




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 アヤカリ=国語の肖る(あやか・る)と同じ。ある物に触れ、また感じて揺れ動く、変化する、感化されて似る、物に感じてそれと同じになる意味。

 上嘉鉄では次のような例がある。

☆ 敬老会当日の挨拶に長寿者への祝福の言葉と同時に

 「ドウカ アヤカラチィ タボウリ」

 と挨拶するのに対して

 「アヤカリヨウ ナガイチィ シリヨウ」

 と言って長寿者からお酒と餅を戴いて「肖る」作法が今もある。とても美しい光景だ。

☆ 一時代前まで子どもが生まれると赤子の健康と幸せを念願して命名には一族の中の(特に祖父母・父母)健康で社会的地位のある人に肖らせようとその人の片名・偏名(方言でハタナー)を付ける慣わしがあった。

 子どもが成長し物心が付いたとき片名を戴いた人の名に恥じない人間になるよう努力させ、果報を得させようとの念願をこめて命名する慣わしがあった。

 昔の命名には、その時代時代の慣習と信仰に基づくものがあったようだが、そのことについては別の機会に譲ります。

 同じような発想は本土の師匠と弟子の間にも見受けられる。師匠が弟子に自分の所持品を与える風習も自分に「肖らせる」意味合いからと思う。

 与えられた弟子は有り難く感謝して修業に励む努力をし、終生その恩を忘れず、生涯を通して麗しい純日本的師弟関係が生まれたと思う。

                 (文責 西島)



        平成15年2月「上嘉鉄魂」第57号 掲載



 
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2008年12月29日

喜界島(喜界町)上嘉鉄の諺



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ユワサ ドゥ マサ

飢し  ぞ  甘い

飢(やわし)  甘い・美い・旨い(うま)

 空腹になると何でも美味しい意味。

ヤワシ=古語の飢の転。 ドゥ=古語の「ぞ」の転。

マサ=旨いこと「ウ」脱落、国語の形容詞の語尾の「い」は方言では、ほとんど「サ」に変化する。

 現在は飽食の時代といわれるほど欲しい食べ物が自由に入る時代だが終戦直後は食べるものがなく餓死寸前の時代があったことは想像すら出来ない。

 当時は味の善し悪しなど問題ではなく、お腹がいっぱいになりさえすればよい、そんな時は何を食べても美味しい。味の善し悪しよりまず満腹をということの意味と思う。

                  (西島)



     平成16年2月「上嘉鉄魂」第69号 掲載



ラベル:上嘉鉄の諺
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ヒラ・ハルについて

 琉球語で道の勾配を表すヒラ(坂)サカ(坂)トー(平坦地)には特色がある。

 急勾配の坂道があって、それを下から上に登るときは、ヒラ(山川ビラ)と呼び、同じ坂道でも上から下に降りるときは、サカと呼ぶ。

 その昔。山川ビラは急勾配であり素足で荷を負って登る苦しみを

 このひらのきつさ足骨(サブニ)のやむり

   特ちゅり玉子金 のり馬頼(た)んま


と歌っている。

 沖縄では小字のことをハルと言う。原はハルと読み、バル、ハラと変化する。ハルは一般的には畑・耕地のことであるが(喜界もその通りです)

 沖縄ではバル・バリという呼び方は小字名をさすことが多い。

 喜界の耕地名であるハル名はメーバル(前原)ウィーバル(上原)
ニシバル(西原)トゥバル(桃原)など多くあり、特に台地などの高い方をウィーバルという。

 兼久は砂を主とする沖積土壌の方言名であり、同様に海岸地帯の砂丘をなしている沖積地についてもカネクと呼ぶ。

 また、通俗的に馬走(は)らせの馬場であった。

 馬走(は)らち美(す)らさ 嘉鉄長兼久

 舟浮(う)きて  美らさ東(ひが)の港


と八月踊り唄に歌われている。

 ハルの中で最も有名なのが喜界島の湾桃原であろう。湾桃原は喜界一広い畑地で湾当原、湾遠原、湾頭原などの当て字を使っていた。

 琉球圏の中の喜界島も琉球語の本質からして広い台地を桃原と呼称すべきで湾桃原に統一してほしいものである。

                盛山 末吉



         平成13年8月 「上嘉鉄魂」第39号 掲載



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2008年12月28日

上嘉鉄ユミタ

 数年前、関西大学の某教授が上嘉鉄方言の調査に来島された時、小生が案内及び世話を努めた時のこと、

 老婆が次のように話をなされた。

 私が結婚してまもなく

 「ウーダク ヌ ヤーカチ ユミ ナレンカラ マ アッカイー

  シラン クトゥ ヌ ナリンニャ」


 と姑に言われたとの話を聞いて私は「ウーダク」の意味が分からなかった。

 友人に聞いたら資産家のことだと教えてくれた記憶がある。

 当初私は「ウーダク」は「大楽」が語源と思い、資産家に嫁にいけば、何もしないで楽して食べていける意味ではないかと思った。

 然し、姑の言葉を良く考えてみれば私の解釈は当たらない。

 姑の言葉の意味は次のようになる。

「ウーダクの家にきてから、馬が扱えないということが言えるものか」

 といい、姑は「馬ぐらいは女でも扱えるようになれ、でないとこの財産を維持することは不可能だよ」と言っている。

 私が当初考えていた「大楽」どころではない。姑の嫁に対する躾の厳しさが伺える。

 ウー=ウフの略で上代語の「大きい」意味

 ダク=上代語で抱く(うだく・むだく・いだく)

 財産をたくさん持っている「土地・畑を沢山抱いている」ことと解釈すれば姑の言葉の意味が通じる。

 資産家に嫁ぐことは若い娘の憧れでもあっただろうが、それ相当の覚悟も必要であった。

 昔の風潮を知る思いがする。財産を守り増やすためには親は嫁も子どもも甘やかさない一昔前の厳しさを感じた。

          (文責 西島)


      平成13年9月 「上嘉鉄魂」第40号 掲載

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2008年12月27日

上嘉鉄ユミタ

 食事呼称のこと

★ ヒンマジイ=朝食のこと

 語源は中世語の昼間食(ひるまじき)→ヒンマジイと転訛したのであるが、朝食に昼間食というのはどうもおかしい納得し兼ねる。

 考えられるのは、昔(江戸時代前)の日本人の食生活に原因があるのではと思う。当時は一日に朝よりと夜よりの二度の食生活であった。

 その呼称は、アシー(朝食)とヰイ(夕食)であったのが、江戸時代の頃から現在のように朝、昼、夜と三度の食生活文化になったのが原因と思われる。

 当時の人たちは早朝起床と同時に食事抜きに農作業に従事する。特に亜熱帯気候の奄美では夏が長いうえ、日中は暑いため、早朝の涼しい時間に働き、暑くなって帰宅食事をする。

 それをアシー(朝食あさいひ)と言ったのが原因である。多分現在の10時以後と思う。その言葉をそのままにして、新しく加わった現在の朝食帯に当たる時間にも食事をとる食生活に変化し、その呼称をヒンマジイとしたと考えられる。

 その際夕食のヰイ(夕食 ゆういひ)には変化がない。

 飯=いひ 上代語(奈良朝 万葉集)

 食=じき 呉音 食事のこと

 なお、上嘉鉄に「ムチアッキー」という方言もある。最近はあまりきかない。これは「ムチ=持つ」+「アッキー=朝餉(あさげ)朝食」の複合語で農繁期の寸暇も欲しい時に食事を畑に持って行って食事をすること。

 「あさげ」の「げ」は五十音の「え列」は「い列」の「キ」に変化するのは、奄美方言の特色だ。「け」は上代語で食事のこと。夕餉もある。

 家族総出で夜明けと同時に朝食抜きで農作業に出かける。後で主婦が食事の支度をして畑に持って行くそれを「ムチアッキー」といった。

 早朝労働は上嘉鉄の先祖たちは特に厳しかったようだ。次のような逸話がごく最近まで耳にしたことがある。

 「上嘉鉄の人は馬に草鞋(わらじ)を履かせて農作業に出かける」

 真偽の程は定かでないがその理由は次のようだ。

1 馬の足音で隣近所の人を起こして迷惑を掛けない。

2 他人より咲きに畑に出かけるのを美徳と考えた。

3 上嘉鉄
 人独特の人に負けたくない「負けじ魂」のなせる根性か?

 上嘉鉄人の勤労意欲旺盛で頑張りと根性、涼しい内に労働する合理性を感じた。それが今日の繁栄の基礎ではと思う。「アサンサ取り」という言葉も耳遠くなった。

              (文責 西島)



平成13年10月 「上嘉鉄魂」第41号 掲載
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上嘉鉄方言の語源 「チュ」って?

■ チュ=人のこと。

 語源はピトである。

 変化形は、ピト→ピツ→ピチュ→チュと音韻変化している。

 「ト」は奈良朝、上代語で人の意味。これは第一音節の「イ」母音
「ピ」の影響で後続の「ツ」子音が口蓋化し「ピチュ」となり更に第一音節の「ピ」が脱落して「チュ」となった現象、奄美全域で共用されている優勢語。

★ 関連語句

 チュサチ=人に先んずること

 チュアト=人に遅れること

 チュミシリ=人見知り

 チュジレー=人嫌い、チュヤネーサ、チュハゴーサとも言う。

 チュダマ=人魂

 チュナミ=人並み

 チュンタミ=人のため

 チュンメーバナ=人の前先

 チュンムン=人の物

       (西島)


  平成13年5月 「上嘉鉄魂」 第36号 掲載
ラベル:方言 上嘉鉄
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