2009年04月01日

八月踊り唄保存会 関東交流に参加して

桐野 達江
 私たち上嘉鉄八月踊り唄保存会一行20名は、5月3日の夜「フェリーきかい」で出発、5月4日、鹿児島より空路東京へと向かいました。

 羽田空港には、東京上嘉鉄会の方々、親戚の方々が出迎えてくださり、ホテルに落ち着きました。その日は、親戚のところへ行く人、親戚とホテルで面会する人、同級生と雑談される人、街に出られる人と自由行動でした。

 5月5日、いよいよ東京上嘉鉄会との交流の日です。朝からそわそわして落ち着きません。誰、誰が見えるかな?

 念入りに化粧や身支度を済ませ、ロビーに集まってきては、

「早いから部屋で待っているように」

と諭されました。

 いよいよ案内の方が見えて会場の新橋淀橋会館へと向かいました。

 そこには、50人あまりの方々が待っておられました。何十年振りにお会いする先輩の方々、又かわいい子どもさんだった方々が、働き盛りのお父さん、お母さんになられている方々、家族全員で見えている方々、親御さんとそっくりですぐ分かる方、同級生の方、

 私は、誰々の子どもです。誰々の兄弟ですと名乗る方、こちらで結婚なさって、相手を紹介しながら、抱き合う人、握手する人。

 方言で「ハゲー元気デンナ」「何十年振りカヤー」「ウレー孫ナ」とか会場一杯に方言が広がり、お互いに元気でお会いできた事を喜びあいました。




 1時から交流会が始まり、歓迎準備委員会の生田一夫会長並びに、東京上嘉鉄会の福永永廣会長の挨拶に続き、喜界上嘉鉄八月踊り唄保存会幹事の生島常範さんの経過説明などの後、東京の皆さんのお心づくしの沢山のご馳走をいただきながら東京上嘉鉄会の歓迎の踊りが続き、いよいよ八月踊りです。

 先輩の方々から、お子さんまで会場一杯に二重、三重の輪になり、何曲も踊りました。初めての方にもすぐなれて、その満足そうなお顔、ほんとうに幸せそのものでした。

 その後六調、天草と時間の経つのも忘れました。手を引っ張り踊らせる必要もなく、座っているのがもったいない感じで、全員が踊りに酔っている樣でした。

 司会の原口恵美都さんが、
「閉会の時間が近づきました」というと、皆さんがもう時間なのと、まだまだ踊り足りない様子でした。

 又島でお会いしましょう。元気でチバリヨーとガッチリと握手を交わし東京上嘉鉄会の方々とお元気でまたお会いできますことを祈りつつ、会場をあとにしました。

 喜界と違い、何時間もかかってこなければならない東京で会を持ち準備をする事は大変なことだったと思います。役員の方々はもちろん、会員のみなさん本当にありがとうございました。

 私たち一同は、唯々感謝するばかりです。5月6日は東京見物、翌7日空路無事喜界島へ到着しました。


 会員20名が東京へ行けたのも、自分の健康はもちろん、ご家族の理解があってこそです。本当に感謝しております。

 幹事の生島さん、添乗員の原田さん、旅行に馴れないおばさん達の面倒本当にご苦労様でした。東京へ行った方々とお会いする度に「東京へ行って良かったね」が挨拶がわりになっています。いい思い出ができました。



平成12年7月 「上嘉鉄魂」 第26号 掲載


posted by hathitu at 05:53| Comment(0) | 上嘉鉄の八月踊り歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

■2008年12月■ ■2009年1月■2009年2月■
RSSへのリンク新着情報をお知らせします。RSSをお持ちの方はぜひご登録ください。
■関連サイト、ウモーリよ!「結い」の島・喜界島へもよろしく■
サイト内検索ご利用ください。気になる言葉を入力するとお探しの記事がヒットします。

2009年04月01日

八月踊り唄保存会 関東交流に参加して

桐野 達江
 私たち上嘉鉄八月踊り唄保存会一行20名は、5月3日の夜「フェリーきかい」で出発、5月4日、鹿児島より空路東京へと向かいました。

 羽田空港には、東京上嘉鉄会の方々、親戚の方々が出迎えてくださり、ホテルに落ち着きました。その日は、親戚のところへ行く人、親戚とホテルで面会する人、同級生と雑談される人、街に出られる人と自由行動でした。

 5月5日、いよいよ東京上嘉鉄会との交流の日です。朝からそわそわして落ち着きません。誰、誰が見えるかな?

 念入りに化粧や身支度を済ませ、ロビーに集まってきては、

「早いから部屋で待っているように」

と諭されました。

 いよいよ案内の方が見えて会場の新橋淀橋会館へと向かいました。

 そこには、50人あまりの方々が待っておられました。何十年振りにお会いする先輩の方々、又かわいい子どもさんだった方々が、働き盛りのお父さん、お母さんになられている方々、家族全員で見えている方々、親御さんとそっくりですぐ分かる方、同級生の方、

 私は、誰々の子どもです。誰々の兄弟ですと名乗る方、こちらで結婚なさって、相手を紹介しながら、抱き合う人、握手する人。

 方言で「ハゲー元気デンナ」「何十年振りカヤー」「ウレー孫ナ」とか会場一杯に方言が広がり、お互いに元気でお会いできた事を喜びあいました。




 1時から交流会が始まり、歓迎準備委員会の生田一夫会長並びに、東京上嘉鉄会の福永永廣会長の挨拶に続き、喜界上嘉鉄八月踊り唄保存会幹事の生島常範さんの経過説明などの後、東京の皆さんのお心づくしの沢山のご馳走をいただきながら東京上嘉鉄会の歓迎の踊りが続き、いよいよ八月踊りです。

 先輩の方々から、お子さんまで会場一杯に二重、三重の輪になり、何曲も踊りました。初めての方にもすぐなれて、その満足そうなお顔、ほんとうに幸せそのものでした。

 その後六調、天草と時間の経つのも忘れました。手を引っ張り踊らせる必要もなく、座っているのがもったいない感じで、全員が踊りに酔っている樣でした。

 司会の原口恵美都さんが、
「閉会の時間が近づきました」というと、皆さんがもう時間なのと、まだまだ踊り足りない様子でした。

 又島でお会いしましょう。元気でチバリヨーとガッチリと握手を交わし東京上嘉鉄会の方々とお元気でまたお会いできますことを祈りつつ、会場をあとにしました。

 喜界と違い、何時間もかかってこなければならない東京で会を持ち準備をする事は大変なことだったと思います。役員の方々はもちろん、会員のみなさん本当にありがとうございました。

 私たち一同は、唯々感謝するばかりです。5月6日は東京見物、翌7日空路無事喜界島へ到着しました。


 会員20名が東京へ行けたのも、自分の健康はもちろん、ご家族の理解があってこそです。本当に感謝しております。

 幹事の生島さん、添乗員の原田さん、旅行に馴れないおばさん達の面倒本当にご苦労様でした。東京へ行った方々とお会いする度に「東京へ行って良かったね」が挨拶がわりになっています。いい思い出ができました。



平成12年7月 「上嘉鉄魂」 第26号 掲載


posted by hathitu at 05:53| Comment(0) | 上嘉鉄の八月踊り歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
喜界島上嘉鉄の集落誌「上嘉鉄魂」のTOPへ戻る
関連サイト・ウモーリよ!「結い」の島・喜界島へ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。