2009年03月10日

キカイジマ・キカイガジマについて T

 (3月5日のシンポジュウムから)

 キカイジマ・キカイガジマについて古代・中世の文献には、その語呂から判断して喜界島よ想定される記録がかなり散見される。

 その中には現在の喜界島の事とは到底考えられない内容もかなりあり、戸惑うばかりである。

 古代・中世の京都人のキカイジマ感はどんな意味を持っていたか検証してみよう。文献に現れるキカイジマと想定されるのには

・日本記略(998年9月14日の条)南蛮賊徒(奄美人の海賊)追討を「貴駕島・きがじま」に命令した。これがキカイジマと想定され、キカイジマ記事の初見である。

※ この事件は前年奄美海賊が九州西側と南部(鹿児島・熊本・福岡)を襲撃し・略奪・放火・拉致した事件で通常南蛮襲撃事件と言い、小右記・日本記略に詳細に記録されている。

 ここでは略します。




・新猿楽記(11世紀半ば)の記事

 八郎真人は、商人の親方で商売の利益ばかり追求して妻子のことを顧みず自分ばかりを大切にし他人のことを考えない。

 必要とあれば東の浮因の地(東北・北海道)西は、「貴駕之島・キガノシマ」にも渡り、交易品売買品は、数え切れない。以下略。

・吾妻鏡(1187年9月22日)

 鎌倉時代の歴史書(1180年〜1267年)源頼朝は蔵人の職員信房に対して天野遠景と共に貴海島を追討せよとの厳命を与えて鎮西へ下向させた。

 昔からこの島に向かって帆船で渡航したものはない。しかし平家政権時代、薩摩の国の住人、阿多忠景が乱暴を働き政府に攻められて貴海島に逃亡した。これらの追討を筑後の守家貞に命じた。

 家貞は軍備を整え数度に渡り渡航したが遂に風波を凌げず、空しく帰ってきた云々。

 今度は源義経配下の一行が彼の島に隠れているとの噂があって追討を命じたのである。

                              南界記


平成17年6月「上嘉鉄魂」第85号 掲載


posted by hathitu at 17:00| Comment(0) | 喜界島の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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2009年03月10日

キカイジマ・キカイガジマについて T

 (3月5日のシンポジュウムから)

 キカイジマ・キカイガジマについて古代・中世の文献には、その語呂から判断して喜界島よ想定される記録がかなり散見される。

 その中には現在の喜界島の事とは到底考えられない内容もかなりあり、戸惑うばかりである。

 古代・中世の京都人のキカイジマ感はどんな意味を持っていたか検証してみよう。文献に現れるキカイジマと想定されるのには

・日本記略(998年9月14日の条)南蛮賊徒(奄美人の海賊)追討を「貴駕島・きがじま」に命令した。これがキカイジマと想定され、キカイジマ記事の初見である。

※ この事件は前年奄美海賊が九州西側と南部(鹿児島・熊本・福岡)を襲撃し・略奪・放火・拉致した事件で通常南蛮襲撃事件と言い、小右記・日本記略に詳細に記録されている。

 ここでは略します。




・新猿楽記(11世紀半ば)の記事

 八郎真人は、商人の親方で商売の利益ばかり追求して妻子のことを顧みず自分ばかりを大切にし他人のことを考えない。

 必要とあれば東の浮因の地(東北・北海道)西は、「貴駕之島・キガノシマ」にも渡り、交易品売買品は、数え切れない。以下略。

・吾妻鏡(1187年9月22日)

 鎌倉時代の歴史書(1180年〜1267年)源頼朝は蔵人の職員信房に対して天野遠景と共に貴海島を追討せよとの厳命を与えて鎮西へ下向させた。

 昔からこの島に向かって帆船で渡航したものはない。しかし平家政権時代、薩摩の国の住人、阿多忠景が乱暴を働き政府に攻められて貴海島に逃亡した。これらの追討を筑後の守家貞に命じた。

 家貞は軍備を整え数度に渡り渡航したが遂に風波を凌げず、空しく帰ってきた云々。

 今度は源義経配下の一行が彼の島に隠れているとの噂があって追討を命じたのである。

                              南界記


平成17年6月「上嘉鉄魂」第85号 掲載


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